プレイズ・ワーシップ メッセージサマリー
(教会員のメモに見る説教の内容)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書 (著作権・日本聖書刊行会)によります。
 
2005年9月18日
 
「キリストに出会う(1) ヨハネ」
シリーズ キリストに出会う
 
竿代 皓子牧師
 
ヨハネの福音書1章35-37,41節
 
 
[中心聖句]
 
 2  すると、イエスは彼に言われた。「彼 はまず自分の兄弟シモンを見つけて、『私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に 会った。』と言った。」
 
(ヨハネの福音書 1章 41節)

 
はじめに キリストに出 会う
 
  暫くの間、「キリストに出会う」というテー マで、ヨハネの福音書を中心に人物を取り上げていきます。最初に登場するのがこのヨ ハネ伝を執筆した本人、ヨハネです。前掲の御言葉を読むと、洗礼者ヨハネの二人の弟 子が登場しますが、一人ははっきりとアンデレと名前が出てきます。もう一人の弟子が 本人ですから、自分の名前を書いていない訳です。特筆すべき事は、彼自身が「イエス が愛しておられた者」(13:23)、「イエスが愛された弟子」(21:20)と自 分のことを紹介していることです。
 
 
 
1.背景

ヨハネが主イエスに始めて会ったこの時は、紀元27年9月ごろ 、洗礼者ヨハネによって主イエスが洗礼を受け、荒野での誘惑を経て、いよいよキリス ト(メシヤ・油注がれた者・救い主)として公生涯に入る準備期間の時です。はじめヨ ハネは主イエスの先駆者、洗礼者ヨハネの弟子であったことがわかります。しかし、師 ヨハネの言葉「見よ、神の子羊。」と宣言されたイエスについていき、一晩語り明かし ました。その語り合いを通してヨハネは、イエスは彼が待ち望んでいた「メシヤ」であ ると確信したのがこの記事です。場所はヨルダンの向こう岸のベタニヤと書かれていま すが、死海近くのヨルダン川東側のようです。

2.ヨハネ(≒主は恵み深い)を取り巻く環境

まず、父はゼベダイ、兄はヤコブであり、母はサロメと言い、サ ロメは主イエスの母マリヤと姉妹です(19章25節、マタイの福音書27章56節) 。よってヨハネは主イエスと従兄弟ということになります。

父ゼベダイがガリラヤ湖の漁師で、舟を所有し、雇い人を使っていたところから(マル コの福音書1章20節)、わりあい裕福な家庭の出身であることわ分かります。

主イエスはナザレの貧しい大工の子として成長し、ヨハネはガリラヤ湖の裕福な網元の 子として育ったわけですが、母方の親戚として、時々は何らかの接触はあったと考える のは自然ではないでしょうか。

 
 
2.神殿破壊 の予言(2節)
 
 
「13.2 すると、イエスは彼に言われた。『この 大きな建物を見ているのですか。石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してあ りません。』」
 
2 ヨハネの生涯:

1) 上記のキリストに会って約一年後、ヨハネは主イエスに 招かれ、仕事と父を捨てて、キリストに従う生涯に入ります。その時兄のヤコブも一緒 でした。(マタイの福音書4章21-22節)

2) 12使徒の一人に選ばれます。(マルコの福音書3章17節)

3) 兄ヤコブとともにボアネルゲ(雷の子)と主に呼ばれました。この性格の激しさ は、イエスを受け入れなかったサマリヤ人に対して「主よ、私たちが天から火を呼び下 して、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」と言い、主に戒められたこと(ルカの福音書9 :54-55節)や、イエスの栄光の座の隣につけて欲しいと願った(マルコの福音書 10章37節)ことに現れています。

4) イエスの地上の宣教生涯における3度の重要な場面でヨハネ、ヤコブ、ペテロの 3人だけが同行を許されています(ヤイロの娘の癒し、変貌山、ゲッセマネでの祈りの 時。)

5) 最後の晩餐の用意をするために遣わされました。(ルカの福音書22章8−13 節)

6) 最後の晩餐で主イエスの右隣に座りました。(ヨハネの福音書13章23−25 節)直訳すると「御胸のそばで、(食事のために)からだを横にしていた」ということ で、「イエスが愛された弟子」の面目躍如です(ちなみにイエスを裏切ったユダは左側 の最上席にいました)。

7) 十字架上のイエスから母マリヤを託されました。(ヨハネの福音書19章26− 27節)

8) イエスが復活された朝にペテロと一緒に墓に駆けつけました。(ヨハネの福音書2 0章3-20節)

9) 復活されたキリストがテベリヤ湖(ガリラヤ湖)に現れたときにそこにいました 。(ヨハネの福音書21章20節)

10) 初代教会において迫害されつつも大胆に宣教し、エルサレム教会の指導者であ り、「柱」として重んじられていた(ガラテヤ人への手紙2章9節)ことがわかります 。

11) 彼は晩年パトモス島に流され、黙示録を著しました。(ヨハネの黙示録1章1 節)

12) ヨハネは非常に高齢までエペソに留まっていたと言う伝承があり、「エペソで 眠りについた」と初代教会のエペソの監督ポリュクラテスによってもいわれている(ヨ ハネの福音書21章20−23節)との記述が残っています。

4.キリストとの出会いによるヨハネの変貌

 1)洗礼者ヨハネの弟子からキリストの弟子へ:    誰を師に持つかによって、私達の人生の質が大きく変わってしまうことをヨハネ の生涯に見ることができます。ヨハネはキリストと出会うことによって歴史に残る生涯 をおくる事になりました。

 2)「雷の子」から「愛の使徒」への変貌:晩年のヨハネは口を開くたびに「兄弟た ちよ、愛し合いなさい。」と言ったと言います。「雷の子」と呼ばれたヨハネもキリス トと交わり、十字架の犠牲によって神の愛を知りました。「神は愛です。」(ヨハネへ の手紙第一4章16節)と書き、「愛の使徒」とも呼ばれました。この愛はキリストを 信じる人々に注がれる神からの贈り物なのです。

3)「魚を取る漁師」から「人間をとる漁師」への変貌:これは何を意味しているでし ょうか。ヨハネはキリストからの召しを受けた時、直ちに従いました。ヨハネにとって 、この世の生業を生涯通すことよりも、キリストに従って、その教えの証言者として、 多くの人々にイエスを信じることを勧める宣教者となることの方が大切になったという ことです。私達にも「召し」があるかもしれません。それは困難に見えますが、大変光 栄なことなのです。

 
おわりに
 
 

ヨハネはキリストの内面を深く理解した弟子でありました。 他の福音書と違い、ヨハネ伝は深遠な真理が、直接キリストが語られた言葉で書かれて いる箇所で多く占められています。まさに「御胸によりかかっていた弟子」であったの です。

彼はヨハネの手紙第一の冒頭で「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見た もの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて」とキリ ストを紹介しています。まさにヨハネは主イエス・キリストをそのように近くに感じ、 理解していたのです。現代の私たちもまた、聖書を読むことによって、聖書の中のいの ちのことばを聞き、見、感じること、すなわちキリストと出会うことが出来るのです。