@ソドムの王の悪意を秘めた提案 |
メルキゼデクとの出会い、交わりが、次の人との出会いの備えとなったという意味です。ソドムの王の登場です。アブラハムを迎えた二人は同時であったか、少し時間差があったかどうか。同時のように思えます。でも、状況を考えるとつじつまが合うようで合わない。つじつまが合うか合わないかは別として、メルキゼデクの用が済んだ瞬間か、しばらくの後か、ソドムの王はアブラハムに近付いてきて声をかけました。「アブラムよ。人々は私に返し、財産はあなたが取るように」 |
これに対してアブラハムは、言い放ちました。22〜23節。「私は、天地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物からは私は何一つ取らない。手を出さない。私自身の名誉のためにそうする。よく聞け。あなたが『アブラムを富ませたのは私だ』と言わせないためである」「但し、私と共に戦った人々のことは別だ。アネルとエシュコル、それにマムレには彼らの分け前を取らせるように」 |
A神のチャレンジ・テスト |
ソドムの王の誘いを断固断ったアブラハムです。そこには、ソドムの王の底知れない悪意、悪巧み、策略が潜んでいるかのようでした。実はこれは、神のテストであると申し上げたいのです。良いものとそうでないものが二つ、目の前に示される。あなたは何を選ぶか。神は選ばせる。二つ並べて、いじわるをするのではありません。良いものを選び、良くないものを断固として退けるとの信仰的決断と実行がテストされているのです。 |
メルキゼデクとの出会いと同時なのか、それとも若干のずれがあるのか、それとも先に出て来たソドムの王をおしのける意味で、「さて」(18節)と突然にメルキゼデクが登場するのか。ともかくも後からの話がソドムの王です。メルキゼデクとの心からの出会い、恵み、祝福がソドムの王とのやりとりの準備、備えとなったと確信します。 |
信仰の人も敵の攻撃から無事であるわけではない。勝利のすぐあとに、新たな誘惑に遭うことがあります。アブラハムの場合も同じです。「アブラムがケダラオメルとその連合の王たちを撃ち破って帰った時、ソドムの王はシャべの谷、すなわち王の谷に出て彼を迎えた」(17節)。この行動の中には、敵の非常に深い陰険なたくらみがありました。ソドムの王は、ケダラオメル王とその連合の王たちが示した敵の力とは全く違った方面の、有害な力を示しています。ある学者は、前者はライオンの叫びであり、後者はむしろ蛇のささやきと表現しました。ライオンであろうが蛇であろうが、主の恵みの備えは十分であり、この神のしもべの重大危機にも表わされたものでした。メルキゼデクの登場時期を考えて下さい。絶好のタイミングとなっています。メルキゼデクはアブラハムがケドルラオメルを追い掛けている時に現れませんでした。ソドムの王が登場すると同時か、或いはその前に彼は登場してきました。メルキゼデクはただ単に食べ物、飲み物だけを差し入れるために登場したのではなかった。ソドムの王に対する備えにもなっていたと言えます。 |
B選びと選別=パン、ぶどう酒、祝福の言葉 |
神は戦いに勝利した者にそのすぐ後に、良い意味で信仰のチャレンジを与えなさることがあります。栄光は主に、そして選ぶべきものを選ぶ、必要のないものはきちんと処理していくこと。信仰の次の段階への飛躍のためのチャレンジ、テストと言ってよいものです。 |
実はアブラハムの生涯全体のキーワードは、選びといえます。選びとは同時に結局、必要のないものは切り捨てる、切り離す、離別を意味します。アブラハムの生涯はまさに、これです。 |
彼はカルデヤのウルを切り捨てました。約束の地カナンを選びました。父テラと死別、それゆえに父としばらく一緒に住んだハランから離れました。ロトと離別しました。ひとり子イサクをささげました。最後には妻サラと死別せねばなりませんでした。長い生涯の中で神のご計画、み思いを選び続けるものでした。逆に言えば、切り捨てる生涯でもあります。ここでも、選びと切り捨ての場面です。 |
メルキゼデクはアブラハムに神を「天地の主なるいと高き神」と呼び、そればかりでなく、アブラハムをその神によって祝福された者と宣告した。これは彼にソドムの王に会うための備えを効果的に与えました。神に祝福された者が物欲を取る必要がない。そしてもし彼が「天地の主なる神」を見上げているならば、当然のごとく、財産は彼には何の魅力もない。それゆえ、ソドムの王の提案の時、彼は、「あなたのものは何も受けません。アブラハムを富ませたのはわたしだと、あなたが言わないように」と答えたのです。アブラハムはソドムの王によって富まされることを拒んだ。もしアブラハム自身が世に支配されていたとしたら、どうでしょうか。 |
神の意思、ご計画、み思いに対する決意、前進です。物質的欲望或いは罪からの決然とした離別です。言うなれば、この二人の王は、アブラハムの信仰成長の度合いを試すための格好の試金石となりました。神はアブラハムがこの二人の王に対して、いかなる対処をするか、見ておられました。 |
アブラハムはソドムの王の申し出を断りました。物質的な利害は、アブラハムにとっては取るに足りないもの。それよりもはるかに大切なものがある。アブラハムは今や、それを完全に自分のものにしたのです。 |