礼拝メッセージの要約
(教会員のメモに見る説教の内容)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書(著作権・日本聖書刊行会)によります。
 
2008年5月4日
 
「聖霊を求めたヤコブさん」
ペンテコステに向かう
(CSデー)
 
竿代 照夫牧師
 
使徒の働き1章8-14節
 
 
[金言]
 
  14   この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たち(ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ)とともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。
(使徒1章14節)

 
はじめに
 
 
今日はCSデーです。それから、2千年前に聖霊が弟子達に下って弟子達が作り変えられ、その働きの結果教会が誕生したペンテコステという大切な日曜日の前の日曜日です。そのことを覚えながら、聖霊を一生懸命に求めたヤコブさんのお話をします。
 
1.兄イエスと弟ヤコブ
 
 

ヤコブさんは、ガリラヤの南の方にあるナザレと言う小さな町で生まれました。お父さんは大工さんのヨセフさん、お母さんはマリヤさんでした。すると、誰かと似ていますね。そう、イエス様と同じです。もっとも、イエス様の本当のお父さんはヨセフさんではなくて、神様の力で奇跡的にマリヤさんから生まれたのですが、ヨセフさんはお父さんのような方でした。早く言うと、イエス様の弟なのです。小さい時はイエス様も、イエス様とは呼ばれないで、イエスちゃんと呼ばれていました。ここではイエス兄さんと呼ぶことにします。

ヤコブさんはイエス兄さんと仲良く大きくなりました。そのうち、弟が生まれました。お父さんと同じ名前のヨセフさん。それからもう1人シモンさん、ユダさん。男の子だけで合計5人、妹たちも生まれました。合計8人以上の大家族です。こんな大きな家族は、昔、割合当たり前でした。でも、貧しい大工のお父さんヨセフは、皆にご飯をしっかり食べさせなくてはと思って一生懸命働きました。そのうち、大きくなったイエス兄さんもお父さんの手伝いをするようになり、次の弟のヤコブさんも手伝いをするようになりました。

ある日、お父さんの具合が悪くなって、突然なくなってしまいました。さあ大変、イエス兄さんも、ヤコブさんも、その弟のヨセフさんも、家中皆で大工の仕事をして、お母さんを助けました。
 
2.「家を出た」お兄さん
 
 

普通の生活を送っていたヤコブさんに、降って湧いたような出来事がおきました。イエス兄さんが30歳を超えたある日、「お母さん、弟達、妹達、私はこれから天のお父様のご命令に従って、家を出て、多くの人々に伝道をします。後をよろしくお願いします。」と言って、家を出て行きました。「えーっ。そんなーっ。」残った僕達はどうなっちゃうの?っていう気持ちを抑えて、ともかく身代わり長男になったヤコブさんは必死に働きました。弟のヨセフ、ユダ、シモンたちも力を合わせて助けてくれました。

その内に、近所の友達がびっくりするようなニュースを知らせに来ました。「ヤコブさん、知っているかい?あんたの兄さんのイエスさんが偉い評判なんだ。ガリラヤの町や村で、素晴らしいお話をする、病気の人を直す、目が見えない人が見えるようにする。だから、どこへ行っても押すな押すなと人々が集まってくるんだ。すごいね。まるで、人気タレントだよ。ヤコブさんも嬉しいんじゃない?そんなステキな兄さんを持って。」ヤコブさんは「・・・」です。あの、「おとなしいイエス兄さんがみんなの人気者になるなんて?!」嬉しいよりも不思議な気持ちの方が強くなりました。

「お母さん、イエス兄さんの話を聞いた?大変なことになっているよ。多分、お兄さんは気が違ったんだ。病気なんだ。このままだったら、僕達も変な風に思われるよ。ねえ、皆で行って、兄さんを家に戻してこようよ。」早速、皆で旅の支度をして、ガリラヤ湖の傍のカペナウムまで行きました。そこでびっくり、イエス兄さんがお話ししているらしい家の周りにはびっしり人人人で埋まっていて、近づくことも出来ません。やっとの思いで、お兄さんをチラッと見ることが出来ましたが、それだけでした。「あなたの家族が外で待っていますよ」という言葉をきいた、そのお兄さんは、こういいました。「私の本当の家族とは、神の御心を行う皆のことです。」

無視されたように感じたヤコブさんたちはとぼとぼと家に帰りました。
 
3.「兄さんを信じない!」
 
 

それから2年ほどして、イエス兄さんと会いました。「兄さん、兄さんは救い主なんて呼ばれているんだって?本当にそう信じているなら、ガリラヤの周りをうろうろしていないで、南のエルサレムに行って、もっとたくさんの人々に、自分は救い主です、って言ったらどうですか。」って言ってしまいました。実際はヤコブさんも弟達も、イエス兄さんが救い主なんて信じていなかったからです。みんながどんなに偉い人と思っていても、あれは僕らのお兄さんじゃないか、その兄さんがすくいぬしだなんて、とても信じられないや、と反発していたのです。
 
4.兄さんが十字架に!
 
 

それから半年経ちました。過ぎ越しのお祭りに、お母さんと一緒にエルサレムに行きました。その年の過ぎ越しは、普通でない雰囲気でした。イエス兄さんを信じてしたがっていこうとするたくさんのガリラヤ人と、イエス兄さんを殺そうとするエルサレムの偉い人々がぶつかりそうだったからです。そして、とうとうイエスお兄さんの十字架を見てしまいました。最後まで十字架のそばにいたお母さんのマリヤを助けてヤコブさんも、兄さんの苦しい十字架を見たのです。「あの優しい兄さん、そして何の悪いこともしなかった兄さんが、どうしてこんな苦しい十字架につけられなければならないのか」と苦しい、苦しい思いでした。その兄さんが周りの人々を赦しているお祈りをしていることにも感動を覚えました。
 
5.復活の主イエスに出会う
 
 

それから何日か経ちました。ヤコブさんはガリラヤに戻ってきました。イエス兄さんの十字架のことを考えていたある時、そのイエス兄さんがあのままの姿で現われました。「ヤコブ、私が救い主だって言うことが分かりましたか。私は死んだけれども生き返って、いつまでも生きる本当の救い主になったんですよ。」「イエス兄さん、いや、イエス様。ごめんなさい。僕は、ずっと兄さんがあんまり近すぎたので、本当の姿が見えなかったんです。あなたを救い主として信じます。私はあなたに僕としてお仕えします。」それから、ヤコブさんは本当のクリスチャンになりました。
 
6.聖霊を求める祈り会に入る
 
 

ヤコブさんは、それまで、余り好きではなかったペテロさんやヨハネさんというイエス様の弟子たちの仲間に入って、エルサレムに行きました。エルサレム近くのオリーブ山で、これで最後と現われてくださったイエス様を天に送った後、みんなはエルサレムにある仲間の家に集まってお祈りを始めました。それが今日の金言です。「この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。」(使徒1:14)心を一つにして祈ったことは何だったのでしょうか。それは、「聖霊に満たされること」でした。

聖霊に満たされる前は、クリスチャンであってもお互いに嫉妬したり、喧嘩したり、イエス様の福音を述べ伝える時に恥ずかしい気持ちが起きて臆病になったりとか、イエス様のお仕事をするには、ちょっと困った性質が残っていることが多いのです。それを取り除いていただきたいと皆で必死に祈ったのです。
 
7.エルサレム教会の「柱」に
 
 

みんなの祈り会が10日続きました。その10日目の朝、丁度その日はペンテコステと言うお祝いの日でした。お祈りしている弟子達、そして、マリヤさん、ヤコブさんたちに聖霊が火のような形で降りてきました。その日ペテロさんが説教した後で、3千人が救われエルサレム教会が誕生するのですが、ヤコブさんはペテロさんと一緒に教会の二本柱と言われるくらい大切なお仕事をしました。それでも、自分はイエス様の弟だということをみんなに言って偉そうに振舞うことは全然ありませんでした。へりくだってイエス様にお仕えしました。
 
おわりに
 
 
人間が本当に威張らないでへりくだった人になるのは、聖霊のお働きです。聖霊は私達の心から、頑固とか、自慢とか、自己虫という硬い心を取り除いて、柔らかい心を与えてくださるお方です。ヤコブさんはその聖霊の助けで、イエス様の弟なのに、ひとつも威張らないで、みんなの僕になれたのです。私達も、聖霊を求めましょう。
 
お祈りをいたします。