礼拝メッセージの要約
(教会員のメモに見る説教の内容)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書(著作権・日本聖書刊行会)によります。
 
2009年4月5日
 
「ああ、エルサレム」
パーム・サンデーに因み
 
竿代 照夫牧師
 
ルカの福音書19章37-44節
 
 
[中心聖句]
 
  41,42   エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。
(ルカ19章41-42節)

 
聖書テキスト
 
 
37 イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、 38 こう言った。「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」 39 するとパリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、「先生。お弟子たちをしかってください。」と言った。 40 イエスは答えて言われた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」
41 エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、 42 言われた。「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。 43 やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、 44 そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」
 
始めに
 
 
主のご受難を覚える週に入りました。主イエスが、そのご生涯の最後の旅としてエルサレム行きをなさったその途上に語られたエルサレムへの嘆きを通して、十字架に向かう主イエスのお心を知りたいと思います。
 
A.「イエス様」フィーバー
 
1.エルサレムへの最後の旅
 
 
十字架を含む最後の一週間を受難週と呼びますが、その始まりが、「棕櫚の日曜日」(パームサンデー)です。主イエスは、エルサレムへの最後の旅をされます。エルサレムから30kmほど東にあるエリコから約1千メートルほどの山道を登りに登ってエルサレムにたどり着く直前、エルサレム西3,4kmの郊外、オリーブ山の東斜面のベタニヤ村を最後の休憩所とされました(地図参照)。

 
2.最後の道はロバの子で
 
 
その時、主イエスは、ロバの子を調達して、それに乗って行かれるのです。普段は、こんなスタイルの旅行はされませんで、二本の足で旅行されるのが当たり前でした。この時に限ってロバを雇われたのは訳があります。というのは、預言者ゼカリヤが「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ9:9)と予言しているからです。来るべきメシアは、謙遜と柔和の象徴であるロバの子に乗って登場するというのです。主イエスは、今までご自分がメシアであることを公言しないという方針を変えて、ロバの子に乗る事で自分がメシアであると発表なさった訳です。それをうすうす察知していた民衆も、この時とばかり、フィーバーになるのです。
 
3.「ホサナ」の大合唱
 
 
主イエスもそれを受け入れて、ロバの子に跨り、いわば堂々とエルサレムに向かって行進をされます。主イエスの所に連れて行かれたロバの子の背中に弟子は上着を敷きました。まだ鞍が付いていませんでしたから、鞍の代わりのクッションだったのです。主イエスが求めたのではなく、自然に弟子達はそうしたい気持ちになったのでしょう。人々もその衣を道に敷き、棕櫚の枝を振り、「ホサナ、ホサナ」(主よ、今救い給え=詩篇118:25)と大合唱を致します。棕櫚とは、ナツメヤシのことで、その葉を打ち振ることによって歓迎の意を表したのです。「イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざ(バルテママイの癒しやラザロの復活など)のことで、喜んで大声に神を賛美し始め、こう言った。『祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。』」と記されています。ホサナの大合唱は、ガリラヤ出身のサポーター達が仕掛けたものと見られます。
 
4.フィーバーの背景
 
 
今お話しましたように、エリコにおけるバルテマイの癒しは、大きなセンセーションを巻き起こしていましたし、ラザロの復活も同様です。ヨハネ12:9には、「大ぜいのユダヤ人の群れが、イエスがそこにおられることを聞いて、やって来た。それはただイエスのためだけではなく、イエスによって死人の中からよみがえったラザロを見るためでもあった。」とありますので、フィーバーはもう始まっていたと考えられます。前に進み、後に続きと、まさに、野球チームの優勝パレードのような騒ぎでした。
 
B.主イエスの嘆き
 
 
騒ぎの渦中にあった肝心の主イエスは、終始クールであり、どうだ、やったろう、等と舞い上がっていません。人々の動きをじっと見つめて居られました。この群衆の、少なくともある部分は、十字架につけろと叫び出す人々であること、そこに見られる人々の罪、そしてその結果の裁きを予見しておられました。
 
1.パリサイ人の冷えた心に対して
 
 
エルサレムへの道で、熱狂した弟子達、周りの人々の只中で、冷たく文句をいう人々が居ました。それがパリサイ人です。39節を読むと、「パリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、『先生。お弟子たちをしかってください。』」と言った。」とあります。余程弟子たちの熱狂振りが気に障ったのでしょう。特に子供たちの叫び声がかん高かったのでしょう。さらに、イエスがメシア扱いをされるのが我慢ならなかったのでしょう。主イエスは、この冷たいパリサイ人に向かって、「子供たちをそのままにしておきなさい。一生懸命叫んでいる子供を黙らせたら、石が代わりに叫びだしますよ。」と答えられました。
 
2.エルサレムの滅亡に対して
 
 
41節に「エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは」とあります。段々一行がオリーブ山の麓を迂回してケデロンの谷を下り始めた頃、対岸のエルサレムが一望に見渡せる絶景にぶつかります。多くのユダヤ人にとっては、この光景は感動以外にありませんでした(絵図参照)。金色に輝く神殿が町の東側に聳えています。がっしりとした城壁がそれを取り囲んでいます。聖なる都エルサレム、巡礼者たちはその美しさ、豪華さに感動します。

しかし、主イエスは違いました。「その都のために泣いて、言われた。『おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」(42−44節)と言われたのです。

イエス様は泣き始めました。弟子達もびっくりしてイエス様の言葉に耳を傾けました。イエス様は、何で。泣いておられたのでしょうか。美しさへの感動でしょうか。違います。耳を澄ますと、イエス様の声は嘆きの涙だったのです。イエス様は、やがて襲ってくるエルサレムの悲劇について泣いておられたのです。エルサレムは敵の攻撃を受けて陥落すること、子供たちまでもが地に叩きつけられること、エルサレムの破壊は徹底的であるというのが予言の内容です。

この予言は、主イエスが十字架につけられて40年経ったAD70年に壮絶な形で成就しました。ローマ帝国に逆らったユダヤ人は攻撃を受け、最後の砦エルサレムに篭ります。ティトス将軍に率いられたローマ軍はエルサレムを包囲します。難攻不落のエルサレムですから、包囲から陥落まで143日掛ったと歴史は記します。ティトスは、オリーブ山のすぐ北側のスコポス山に陣取り、先ずエルサレムの周りの谷を埋めて平らにします。それから、エルサレム城壁の塔の近くに塁を築きます。材木と土を混ぜて一気に仮の塔を立て、そこから攻撃しようというのです。同時に周りに仮の壁を作り、蟻一匹で入りできないようにして、兵糧攻めを致します。更に城壁破壊機を使って城壁を崩しに掛ります。大袈裟な石投げ器によって石を雨あられと城壁に放り込みます。それでも城に篭ったユダヤ人は降伏しない徹底抗戦に出ます。こんな状態が半年近く続いて、遂にエルサレムは陥落し、徹底的な破壊を受けるのです。長い間の抵抗に怒り狂ったローマ兵は、「子どもたちを地にたたきつけ」ます。妊婦の腹は裂かれます。財宝を食べて逃れようとした人が見つかったからです。石という石は、掘り返されました。財宝を石と石の間に隠したという噂が立ったからです。エルサレムは破壊され、ユダヤ人は二度とエルサレムに戻れなく去れました。
 
3.エルサレムの頑なさに対して
 
 
イエス様が、泣いておられたのは、そのような、エルサレムに起きる大悲劇についてではありましたが、それよりももっと、そのような滅びを齎した人々の不信仰についてです。何度も何度も主イエスはエルサレムに足を運び、人々の悔い改めを迫ったのですが、ことごとく拒絶されました。マタイ23:37−38に主イエスの嘆きがあります。「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。」

エルサレムの罪は、自分たちの罪を遠慮なく指摘した預言者たちを殺したところにありました。その最後の「預言者」である主イエスを十字架につけたのもエルサレムの民衆でした。日曜日に「ホサナ」と叫んだ群衆が、金曜日の朝は「十字架につけよ」と叫んだのです。この二つの群衆が全く同じ構成ではなかったかもしれませんが、かなりが重複していたと思われます。

彼らのもう一つの罪は、神の憐れみと愛を無視したことです。「わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。」と主は、腸を搾り出すように語られました。
 
4.エルサレムの腐敗に対して(45−48節)
 
 
エルサレムに入場された後に行われた「宮清め」も、エルサレムの腐敗に対する主イエスの嘆きと怒りを示す物語ですが、今日は省略します。
 
おわりに
 
1.主の憐れみと愛を「当たり前」と見過ごさぬように
 
 
私達がどんなに主にそむいても、主の憐れみと愛をもって私達の悔い改めを待ち給います。しかし、主の憐れみを「当たり前」のこととして、見過ごしてはいけません。今日、イエス様がこの場所に見える形でお出でになったと仮定して、私達はイエス様の喜びの対象であろうか、それとも嘆きの対象でしょうか。
 
2.主イエスへの賛美が私達のすべてであるように
 
 
主を賛美するおなじ口をもって、主イエスを拒絶するような言葉を吐いていないでしょうか。「ホサナ」と叫ぶ同じ口が「十字架に付けろ」と叫んでいないでしょうか。ああ、主が私達の口を清め、賛美のみが出てくるものとしてくださいますように。
 
お祈りを致します。