礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2010年1月24日
 
「伝道的共同体」
教会シリーズ(3)
 
竿代 照夫 牧師
 
第1テサロニケ1章1-10節
 
 
[中心聖句]
 
  8   主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。
(Tテサロニケ1章8節)

 
聖書テキスト
 
 
1 パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように。2 私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、3 絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。
4 神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。5 なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。また、私たちがあなたがたのところで、あなたがたのために、どのようにふるまったかは、あなたがたが知っています。6 あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。7 こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。
8 主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。9 私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、10 また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。
 
はじめに
 
 
教会総会を控えて中目黒として進むべきミッション・ステートメントの5項目を取り上げて、一つずつ解説的な講壇としております。一昨週は「礼拝の共同体」、昨週は、「愛の共同体」としての教会について考えました。今週は、「伝道的共同体」について学びます。私たちのステートメントの第3項は「考えうるすべての方法を用いて、一人でも多くの方を主に導きます。」と記されています。

今日は、伝道的共同体の実例としてテサロニケ教会の姿を取り上げたいと思います。特にこの教会について、伝道という角度から、幾つかの特色を拾い、私たちへの励ましとしたいと思います。
 
1.熱心な伝道から始まった教会
 
 
・テサロニケとは:
テサロニケというのは、今でも同じ名前で残っている町です(地図参照)。BC315年、マケドニヤの王カサンドロスによって建てられ、その妻テサロニケ(これは、アレクサンドロス大王の異母姉妹)に因んで、町名が付けられました。カエサルの死後行われた内戦の時、アントニウスとオクタビアヌスの側についたために、その功績によって自由都市の資格が与えられました。テサロニケは、良港を持つだけでなく、イグナチア街道に面していたために、東西南北の交通と商業の中心地として栄えました。隣町のピリピにはユダヤ人会堂がありませんでしたが、テサロニケにはありました。つまり、商業を得意とするユダヤ人も多く住んでいたのです。ピリピはその後廃れてしまいましたが、テサロニケは近代都市として今でも栄えています。

・パウロの伝道:
パウロは、その第二伝道旅行の途中にピリピを訪れ、教会を建設します(AD50年ごろ)。しかし、ピリピで迫害に遭い、そこを立ち去ることにしました(使徒16章)。次に留まったのがテサロニケです。ここでパウロは三週間にわたってユダヤ人会堂で説教をし、その結果幾許かの回心者が起きます。その後、彼はかなりの期間留まって、会堂以外のところで説教を続けたと思われます。彼が天幕作りを続けたこと(2:9)、二度までもピリピ教会から贈り物を受け取っていること(ピリピ4:16)、異教徒からの回心者が多数与えられたこと(1:9)が、パウロの滞在が3週間以上であったことを示唆しています。残念ながらそこでもユダヤ人たちがパウロを迫害したために、彼はそこを逃れて隣町のベレヤに行きます。

・説教者の権威と確信:
比較的短い滞在でしたが、教会の基礎がしっかりと植えられました。それを可能にしたのは、命がけの伝道者パウロとその仲間のおかげです。彼は自分の伝道を振り返って、それは「ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったから」(1:5) であると、その成功の理由を説明しています。

・伝道者の愛:
さらに、自分の命をも与えようとした、犠牲的な愛がその動機でした。「このようにあなたがたを思う心から、ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。なぜなら、あなたがたは私たちの愛する者となったからです。」(2:8)
 
2.福音に生きる教会
 
 
・真っ直ぐに受け取る:
さて、いくら伝道しても、さっぱり反応しないという人々もいますが、テサロニケの人々は、神の言葉を聴いたとき、それを文字通り、額面どおり神よりの言葉として受け取りました。これはすごいことです。「こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。」(2:13)「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。」(1:6、7)パウロの伝道したところすべてがこのようではありませんでした。主は、格別にテサロニケ市民の心を備えていてくださったのでしょう。

・偶像教を捨てる:
テサロニケの人々は、キリストを信じ、受け入れると同時に、今までの生き方を180度転換しました。その典型が、彼らが大切に思っていた偶像礼拝とそれに伴う様々な不道徳的行為から離れたことです。「また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。」(1:9−10)彼らの「偶像教」がどんなものであったかは言及されていませんが、典型的なギリシャ宗教であったと思われます。このハッキリした回心振りが、彼らの伝道熱心に現れていました。

・互いの愛に表れた:
新しく生まれた教会は、兄弟愛に満ちていました。「兄弟愛については、何も書き送る必要がありません。あなたがたこそ、互いに愛し合うことを神から教えられた人たちだからです。実にマケドニヤ全土のすべての兄弟たちに対して、あなたがたはそれを実行しています。」(4:9-10)「ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。」(5:11)救われた教会員同士が愛し合っていただけでなく、その愛がほかの地域の人々にも及んでいたことが分かります。素晴らしいことです。
 
3.福音を伝える教会
 
 
・言葉による伝道:
「主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡った」(1:8)「響き渡る」(エクセーヘオー)とは、雷鳴またはトランペットが轟き渡る時に使われる表現です。響き渡ったのは、「主の言葉」、つまり、福音の言葉です。さて、「主のことばが・・・響き渡った」という文章が、具体的にどんな行動をさすかについてはここで示されていません。これは、必ずしもテサロニケのクリスチャンが宣教師となったということではなく、商売であちこちに行く時に、キリストは素晴らしいお方だということを単純に宣べ伝えたことを意味していると思われます。いずれにせよ、テサロニケは商業の中心都市でしたから、人々の往来は盛んだったものと思われます。使徒8:11にも「散らされた人たちは、みことばを述べながら巡り歩いた。」と書いてあります。商売の傍ら、「あなたは少し変わったね。以前は怒りっぽかったけれど、ずっと穏やかになったみたい。どうしたんだね。」「いや、実は、イエス・キリストというお方に出会って変えられたんだよ。」こんな日常的な会話を通して福音を伝えたのではないかと思います。テサロニケの戦略的位置について、ある注釈者はこう語ります、「キリスト教がテサロニケに到着したということの重要さは、いくら強調しても足りないほどのものである。・・・それはイグナチア街道に沿って全アジアを征服するまで、そして西へといえばローマの町まで嵐の勢いで拡張されていくこととなる。キリスト教がテサロニケに来たという事実は、キリスト教をして世界宗教とする一大転機の日が来たことを意味する。」と。

・生活態度による伝道:
「神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。」テサロニケのクリスチャンがその行動を通して、信仰の素晴らしさを証ししたことが裏付けられています。偶像的な信仰、それに伴う様々な不道徳・不潔からキッパリと足を洗って、活ける眞の神に仕える明確な回心、互いの愛によって特色付けられる麗しい信仰の共同体の姿、これらは、近隣諸州のクリスチャン達、そしてノン・クリスチャン達の間でも評判となるほどでした。神が大きな力をもってテサロニケ・クリスチャンの間に働いておられることが世界中の人々の評判になったのです。これは、テサロニケ・クリスチャン自身がびっくりするほどの影響力でした。私たちでも、一生懸命、地道に主に仕えている姿というものが、どれだけ多くの影響を与えているか計り知れません。それを計るよりも、今与えられている信仰の歩みを一歩ずつ踏み固めて生きたいと思います。
 
4.結果としての信徒の増加
 
 
昨週も「主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」(使徒2:45)と記されているところから、初代教会がその拡大的な愛によって人々を引き付けたことを学びました。折伏によって信徒数が増加したのではなく、恵に引き付けられて増加したのです。私たちの教会が、その互いの愛によって他で見ることの出来ない麗しい人間関係が作られ、証しされるように祈ります。人々は真の交わりに飢えています。そこでキリスト者の真の愛の交わりを見ると、ひきつけられて導かれるのです。

それに加えて、21世紀に生きる人々に分かり易く、そして効果的に言葉をもってどのように主の救いと恵を伝えるべきか、私たちはもっと工夫し、祈り、共同的にまた個人的に努力しようではありませんか。
 
お祈りを致します。