礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2010年4月11日
 
「心が内に燃える」
イースターからペンテコステへ
 
竿代 照夫 牧師
 
ルカの福音書24章13-17,25-35節
 
 
[中心聖句]
 
  32   道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。
(ルカ24章32節)

 
聖書テキスト
 
 
13 ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから11キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。14 そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。15 話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。16 しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。・・・
25 するとイエスは言われた。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。26 キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか。」27 それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。
28 彼らは目的の村に近づいたが、イエスはまだ先へ行きそうなご様子であった。29 それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから。」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中にはいられた。30 彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」
33 すぐさまふたりは立って、エルサレムに戻ってみると、十一使徒とその仲間が集まって、34 「ほんとうに主はよみがえって、シモンにお姿を現わされた。」と言っていた。35 彼らも、道であったいろいろなことや、パンを裂かれたときにイエスだとわかった次第を話した。
 
はじめに
 
 
昨聖日、イースターをお祝いしました。4月4日のイースターからペンテコステまでの7週間は、教会の暦の中で一番心躍る節期です。甦りなさった主が、その役割を聖霊に委ねなさる、いわば移行期間なのです。聖霊はもう一人の「パラクレートス(すぐ傍にいて、励まし、慰めるために呼ばれた方)」として主イエスによって紹介され、その働きを始めなさいます。この期間の象徴的な物語が「エマオへの道」です。復活の日の午後、エルサレムからエマオへの道を落ち込んだ心でトボトボと歩いていた二人の弟子に、主は近づいて共に歩いてくださいました。正にこれは、キリストがとしての聖霊によって私達の傍にいてくださることを示す素晴らしい絵です。ここに示されている復活の主の姿を三つの角度から見たいと思います。
 
A.共に歩み給う主
 
 
第一は、共に歩み給う主、と言う角度です。

・共におられる聖霊=共に歩み給う主:
先ほどもお話ししましたように、主イエスは、最後の晩餐で、「パラクレートスとしての聖霊」(ヨハネ14:16)を預言しています。パラクレートスとは傍らに立つために呼ばれたもののことで、弁護士が最初の意味であり、後に助け手、慰め主という意味にも使われるようになりました。復活の主は、40日間、ご自分が生き返ったことを示すために、元のイエスの姿で弟子達と共に歩み、語り、活動してくださいました。しかし、その後は、目に見える形での現れは例外的で、目に見えない聖霊を通してのご臨在となったのです。聖霊は、交わり手として、友として、何時までも(イエスの地上での存在が30数年に限定されていた事と対比)、いつも(イエスが一箇所にしかおられなかった事と対比)ともにおられるお方です。共に交わりつつ歩みなさった事は、復活後のイエスが二人の弟子と共にエマオへの道を歩みなさったことに例証されます。

・エマオ途上の二人:
イースターの午後のことです。イエス様の弟子のクレオパともう一人の弟子が春の柔らかい日を浴びながら歩いていました。彼らは12弟子の仲間ではなくて、その外側の70人の弟子というグループではありましたが、一生懸命イエス様に着いてきた弟子です。この二人が歩いていた道は、エルサレムから西側に向かって11キロのところにあるエマオという村への道でした。二人は、とても悲しそうな、淋しそうな感じでした。彼らは西日に向かって歩いていたのですが、その西日も段々落ちかかって、淋しそうな感じは一層深くなっていました。

・見知らぬ旅人:
二人がとぼとぼと歩いているとき、見知らないもう一人の旅人がすたすたと歩いてきて、二人に追いつきました。その旅人は二人に近づいて来て仲間に入ってきました。「もしもし、ちょっと失礼ですが、お二人は何か一生懸命話し合っていましたね。何のことか、差し支えなければ教えて頂けませんか。」クレオパが答えました。「あなた、何の話ですかって、聞くだけ野暮ですよ。今ね、エルサレム中でナザレのイエス様の話をしない人は誰もいませんよ。あなた、エルサレムにいたんでしょ。それで、あの有名なナザレのイエス様の事を知らなかったなんて、よっぽど世離れした人ですね。」(勿論、私たちはこの旅人の本当の姿を知っています。そう、主イエスです。主は今も、私たちの悲しみや落胆に沿うようにして共に歩んでくださいます。私たちがそれを意識していないことが問題ではありますが・・・。)

・二人の悩み:
「すみません。その話をしてくださいませんか。」と旅人は言います。クレオパさんが答えました「じゃあ、してあげましょう。そのイエス様って言う人はね、ガリラヤのナザレ出身の預言者です。そのお話は力強く、人々を助ける奇跡も行う、ともかく素晴らしい人だったんです。でも、あんまり人気が出ちゃったので、祭司長たちが嫉妬したんですよ。それで、悪巧みを巡らして、事もあろうにそのイエス様を十字架につけてしまったのです。」他の一人が続けました。「そう、僕たちはね、イエス様こそイスラエルを救ってくださるメシヤだ、と信じていたので、十字架で死んでしまうなんて本当にがっかりです。それから三日経った今朝、妙なことが起きたんですよ。仲間の女の弟子達が『イエス様が生き返った、私達はそのイエス様に会った』なんて変なことを言い始めたんです。弟子のペテロとヨハネが、墓に行って見たら、女弟子たちが言うように、イエス様の体は見当たらなかったんです。ボクとクレオパ君は、訳が分からなくなって、『もう、どうでもいい、イエス様の弟子はやめよう』って決めました。それでひとまずエマオ迄来たと言う訳なんですよ。お分かりですか?」
 
B.聖書を解き明かされる主
 
 
・「愚かで鈍い」との指摘:
旅人は「いいえ、分かりません。」といいました。クレオパが「分からない、ですって?あなたはよっぽど鈍い方じゃありませんか。」というと、旅人が答えます、「失礼ですが、鈍いのはあなた方の方でしょう。だって、聖書には、キリストという救い主がやってくる、その方は人々罪を背負って苦しみを受ける、そして甦るって書いてあるじゃありませんか。」ここで、「愚かな」と「鈍い」と二つの形容詞が使われています。「愚かな」(アノエートス)とは、「ものを(深く)考えない」という意味です。「心の鈍い」(ブラデュス)とは、反応が遅い、重い、鈍いという意味です。この人々は、聖書を読んではいましたが、深く探ること、それを現実に当てはめる点において欠けていることが指摘されたのです。

・救い主が苦しみ、死ぬべきこと:
さて、会話が続きます。旅人は「イザヤが53章にその事を言っているでしょう。『彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。』(5節)って書いてあるでしょう。」クレオパ「ふーん。成る程。」旅人「イザヤ書だけじゃありません。ほら詩篇22篇にも、その他の詩篇にもそう書いてありますよ。」「あーそうか。なるほど。そうすると、イエス様は本当の救い主だったってわけね。」

・甦るべきこと:
旅人「そうですとも。その救い主は、死んでからも生き返ることも預言されていますよ。」クレオパ「えー!そんなことまで?」旅人「ほら、『まことに、あなたは私のたましいをよみに捨ておかず』(詩篇16:10)と書かれているでしょう。」「そう言えばそうですね。何だかボクは興奮してきましたよ。先生、もっともっと聖書のお話を続けて下さいませんか。」

・エマオで泊まろう:
旅人「残念ですけれど、私はこの先まで急いでいますから。」クレオパ「先生、そんなことを仰らないで、私達といっしょにエマオ村の宿屋でお泊まり下さいませんか。ほら、もう日が暮れかかっていますよ。この先まで行ったら真夜中になりますから。私達は、聖書のお話をもっと聞きたいんです。」

・聖書を解き明かされる主:
このように主は、私たちの心に聖書を分かるように示してくださいます。それが聖霊のお働きによる、ということが主イエスの聖霊予言の中に記されています。「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」(ヨハネ14:26)
 
C.心を燃やされる主
 
 
・食卓の祈りと開眼:
さて、三人はエマオの村の宿屋に泊まることになりました。宿屋では夕食の仕度ができ、三人はテーブルに着きました。真ん中に座った旅人は二人の弟子に頼まれたまま、食事の感謝のお祈りを始めました。「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、すべての祝福の源である父なる神よ。あなたの与え給うたこのパンを祝してください。アーメン。」二人の弟子は、ハッとしました。この声、この祈り、どこかで聞いたことがある。誰だろう?その時旅人は、そのパンを二つに裂いて、二人に渡しました。そのパンを頂こうとしたとき、本当に分かったのです。「イエス様、あなただったのですね。旅の途中から・・・」と言うか言わないかの内に、イエス様の姿はパッと消えてしまいました。

・燃えていたことを思い出す:
「そうだったんだ。あの旅人はイエス様だったんだ。」「道理で、僕らはあの旅人がいっしょに歩いて下さり、聖書のお話をして下さっているあいだじゅう、心の中があったかい気持ちで包まれていたんだね。」(32節)と納得しました。興味深いのは、彼らの目が開かれた時に心が燃やされたのではなく、その前から心が燃えていたことを思い出した点です。「燃えていた」(カイオメノス)は、カイオー(燃やす、ランプなどに火を点ける)の受身の現在形で、「燃やされ続けていた」と訳すことができます。新聞紙に火をつけたような燃え方ではなく、懐炉がじわじわと燃えて体が温まる、そんな燃え方です。心が燃えた理由は、主イエスが語りかけてくださったこと、聖書を説明してくださったことであると彼らは分析しています。その聖書も、部分的な解説でなくて、聖書全体を掴んだ上でのダイナミックな説明でした。私たちも、日々の御言の地道な学び、それも、気に入った聖句を文脈から切り離して繋ぎ合わせるのではなく、聖書全体の思想をしっかりと捉えつつ、その中に生ける主の語り掛けを聞く謙虚さ、真面目さ、開かれた心を持ちたいものです。地道な御言との触れ合いを通して得られる主との活き活きした出会い、その出会いの齎す「燃える心」が、私達の証と奉仕の動力です。

・良きおとずれを伝える:
「よし、これからエルサレムに走っていこう。そしてペテロ達にこの話をしよう。」二人は早速宿屋を飛び出して、11キロも離れたエルサレムの町へと走るように戻っていきました。もう道は真っ暗で、風も冷たくなっていましたが、二人の心はほっかほっかと燃えていました。
 
終わりに
 
 
1738年5月24日、ロンドン市内のオールダースゲート街の一角で持たれていた小さな集会で「燃える心」をいただいたジョン・ウェスレーは、その燃える心をイギリス内外に広めていきました。彼が「燃える心」を経験したのは、ある信徒によって朗読されていたルターのローマ書序文を聞いていた時でした。恐ろしいほど地味で、一つも面白くないような集会で、火がついたのです。

21世紀の教会でも求められているのは、燃える心です。燃える心を齎すような集会です。それを齎すような個人デボーションです。そして、燃える心が伝染していくような伝道です。リバイバルのために祈りましょう。

もう一つ、このイースターに読んだ本の内容を紹介させてください。ある牧師のお母さんが、58歳の若さで再生不良性貧血という重い病で苦しみつつ亡くなりました。牧師と一緒に付きっ切りで介護していたそのお父さん、つまり、亡くなった方のご主人は、大きな絶望に陥りました。ご遺体を処置していただいている間、病院のベンチで呆然と座っていたご主人が「これで生きる希望がなくなってしまった。」と呟きました。ご一家の心情を代弁する言葉でした。告別式が終わり、全てが終わってしまったと言う絶望感をもって自宅に戻りましたが、その絶望感は、エマオの途上の弟子のようなものでした。自宅で牧師に祈っていただいた時、突然ご主人が「ちょっとお話しがあります。」と牧師に申し出ました。ただならぬ雰囲気で皆が緊張する中、ご主人が言いました「実は洗礼を受けたい、教会に連なりたいと思っているのですが、許していただけますか。」と切り出したのです。キリスト教や教会に批判的であったご主人に何があったのか、周りの人はいぶかりました。後になって、その後主人はこう告白したそうです、「妻がキリストを信じているのに、日曜礼拝に出なかったのは、体調が悪いためと思い込んでいたが、そうではなくて、未信者の主人一人を家におけば淋しい思いをさせるのでは、と思って、主人に目立たないところで聖書を読み、賛美を歌い、祈りを捧げていた、ということを、亡くなる前日に妹に漏らしていた。そのことを、妻が召天した夜に妹から聞かされ、彼女の私に対する思いやりを感じ、直感的に神の聖霊が私の体の中を貫く感に打たれ、入信の決心をした。」というものです。神の恵みによって絶望から希望にと生まれ変わった一人の魂の証しです。

同じ主は、私たちの魂にも寄り添って、絶望を希望に変えてくださいます。祈りましょう。