礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2010年4月25日
 
「神の賜うセカンド・チャンス」
ヨナ書連講(6)
 
竿代 照夫 牧師
 
ヨナ書3章1-5節
 
 
[中心聖句]
 
  1,2   再びヨナに次のような主のことばがあった。「『立って、あの大きな町ニネベに行き、わたしがあなたに告げることばを伝えよ。
(ヨナ3章1-2節)

 
聖書テキスト
 
 
1 再びヨナに次のような主のことばがあった。2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、わたしがあなたに告げることばを伝えよ。」3 ヨナは、主のことばのとおりに、立ってニネベに行った。ニネベは、行き巡るのに三日かかるほどの非常に大きな町であった。
4 ヨナは初め、その町にはいると、一日中歩き回って叫び、「もう四十日すると、ニネベは滅ぼされる。」と言った。5 そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。
 
はじめに
 
 
受難週とイースター、そして召天者記念礼拝とイレギュラーなことが入って、暫く連講をお休みしていましたが、再びヨナに戻ります。ヨナ書の連講では、人間ヨナと、ヨナを扱い給う神と、二つに焦点を当てて学んでいるのですが、今日は、ヨナに回復の機会を与え給うた神に焦点を当てて学びます。
 
A.ヨナへのチャンス(1-2節)
 
 
1 再びヨナに次のような主のことばがあった。2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、わたしがあなたに告げることばを伝えよ。」
 
・ヨナの致命的失敗と回復:
神に仕える立場にある預言者ヨナが、神の大切な命令を拒否するという大きな過ちを犯し、その故に、厳しい罰を与えられ、その刑罰のさなかに悔い改めるという物語が、1−2章でありました。彼は、一度死に、そして甦りました。魚のお腹が死であり、そこからの回復が復活を象徴しています。いわば魚腹というバプテスマを受けたのです。ローマ6:13は、バプテスマを受けたキリスト者についてこう言っています、「また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。」ヨナは、バプテスマによって新しく生まれた人間としてここに立っています。

・第二のチャンス:
ヨナの生涯はそこで終わってもおかしくなかった訳ですが、神は、一度の失敗で私達の可能性を放棄なさる方ではありません。もう一度やってご覧、と言う風に機会を提供してくださいました。「再びヨナに次のような主のことばがあった。」とありますが、この「再び」という言葉は、どんなに大きな慰めと希望と励ましを私たちに与えて下さることでしょうか。

・ペテロの例:
ペテロの生涯を見てみましょう。主を知らないと否んでしまった大失敗にも拘わらず、主はペテロの失敗を見越して、彼のために祈り、「立ち直ったら、兄弟達を力づけてやりなさい。」(ルカ22:32)と二度目のチャンスの道を開いておられます。ルカ24章では、主は甦って後シモン・ペテロに個人的に会ってくださったと記されています(34節)。そして、ヨハネ21章では、「私を愛しますか」と三度問いなさって、彼を羊飼いの立場に回復しようとしておられます。その会話の最後は、「私に従ってきなさい。」と、献身の最初に語られたメッセージが繰り返されました(15,19節)。勿論ペテロは、弟子団の代表格として、見事な回復をいたしました。

・マルコの例:
もう一人、大きな失敗をしたのに、セカンド・チャンスを与えられた人を紹介します。それはバルナバの従姉妹に当たるヨハネ・マルコです。彼は、パウロの第一次伝道旅行についていきますが、旅行の半ばまで行かないうちに一行から離脱して、家に帰ってしまいました(使徒13:5,13)。パウロが第二次伝道旅行に出発しようとした時、バルナバは、マルコにセカンド・チャンスを与えようと提案しますが、伝道者生活の厳しさを経験しているパウロはこれに反対し、これがバルナバとパウロの亀裂を生みます(使徒15:37-39)。詳しい経過は分かりませんが、マルコは素晴らしい伝道者として証しを立て、彼の採用に反対していたパウロでさえも、彼は役に立つものだと信頼するようになります(Uテモテ4:11)。もし、マルコにセカンド・チャンスが与えられなかったとすると、彼は一生涯、失敗者としてのレッテルを貼られ続けたことでしょう。主の働きも止められたでしょう。また、マルコによる福音書はこの世に存在しなかったことでしょう。こう考えると、セカンド・チャンスって本当に大切なのだと理解できます。

・私たちのセカンド・チャンス:
私たちも、さまざまな躓きがあり、挫折があり、失敗が山ほどあるでしょうが、主は諦めずに、二度、三度のチャンスを下さるお方です。投げる度にノックアウトされるピッチャーを我慢強く使って、いつか芽を出すだろうと期待している監督のようなものです。お父さんから「ぶどう園で働くように」と頼まれた二人の兄弟の話しがありますね。兄貴は、「行きます。」と口ばかり良い返事で、行かなかった。弟は、「僕はヤダ。」と言いましたが、後になって悔い改めて、「ごめん、行くよ。」と行くことになった、あの不思議な物語です。主イエスはこれを通して、神の憐れみに縋る態度、恵による救いを強調しておられます。主はいつでも憐れみに富んだお方です。

・「死後のセカンド・チャンス」は無い!:
最近、教会の中では「セカンド・チャンス」ということばが別な意味で使われていて、問題となっています。それは、死んだ後でも、もう一度キリストを信じ受け入れるチャンスが与えられるという、大変人情的には受け入れ易い、しかし、聖書に裏付けられていない教えです。私は、聖書と共に、この意味でのセカンド・チャンスはないと信じていますから、この言葉を使うときに誤解なさらないで下さい。
 
B.ヨナのメッセージ(2節)
 
 
2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、わたしがあなたに告げることばを伝えよ。」
 
・神の言葉の伝達:
2節に「わたしがあなたに告げることばを伝えよ。」と記されているのは重要です。行って出まかせを言うのではありません。主が「語れ」とおっしゃることを割引無しに伝えることが預言者の使命です。余りに厳しくて割り引きたくなる時もあることでしょう。自分の思想や意見と言うものを付け加えたくなる時もあることでしょう。しかし、預言者は、人々に媚び諂う人気取りのような態度ではなく、主の語り給うことのみを伝えるものでありたいと願います。

・その内容:
メッセージの内容はこの場所には記されていませんが、それが悪に対する譴責であり、「もし悔い改めなければ、40日以内に滅ぼされる」という厳しいメッセージであったことは間違いありません。それは、この時ではなく、ニネベに到着してから明確に示されたものであったと思われます。
 
C.ヨナの実行(3-5節)
 
 
3 ヨナは、主のことばのとおりに、立ってニネベに行った。ニネベは、行き巡るのに三日かかるほどの非常に大きな町であった。
4 ヨナは初め、その町にはいると、一日中歩き回って叫び、「もう四十日すると、ニネベは滅ぼされる。」と言った。5 そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。
 
・喜んですぐ従う:
第一章と比べると、何と腰軽く、何と素直な応答でありましょうか。ここに造りかえられたヨナを見ます。強制されたのではなく、喜んで従う僕の姿を見ます。ダビデは詩篇40篇で告白しています、「あなたは私の耳を開いてくださいました。・・・わが神。私はみこころを行なうことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」(詩篇40:6-8)と。彼は、変えられたヨナとなっていました。<尤も、この時点でもなお、その心の奥底には、もっと造りかえられねばならない部分が残ってはいましたが・・・。>私たちも、人間的には喜ばしく思えないものであったとしても、主の御心ならば喜んで従うものとなりたいと思います。直接献身の道を考えている兄姉がおられませんか。もしそれが、主の明らかな御心でありますならば、どうか、色々なことを思い煩わないで、真っ直ぐに献身されるようにお勧めします。

・遠い異国に宣教師として:
ともかく、ヨナは立ってニネベに行きました。イスラエルから直線にして9百キロの距離ですから、何日掛かったかは分かりませんが、遠路遥々ニネベに辿り着きました。ヨナが使っているヘブル語とニネベ人が使っているアッシリヤ語は、互いに共通性があるとはいえ、やはり外国語です。こうしたハンディを乗り越えながらの「宣教師」ですから、大変な冒険であったことは間違いありません。19世紀は「偉大な宣教の世紀」と呼ばれ、文化を乗り越えた力強い宣教活動が始まりましたが、ヨナはその先駆けであったといえましょう。

・偉大な町ニネベ:
ヨナ書の作者は、ニネベが偉大であったと、過去形で語っています。実際にニネベが滅ぼされたのはBC612年で、しかもその滅びは、跡形無きまでの徹底的なものでしたから、ヨナ書記者は説明的に記しています。ニネベの城壁は周囲10キロ余りで、当時としては巨大な町でした。その壁は厚く、戦車が両方向に走れるほどであったといわれています。それにしても、このニネベだけでは、「歩いて三日かかる」ほどの大きさではありません。ニネベは、その周辺のコルサバト、ニムロデを含む大三角形をなしており、その距離の合計は90キロでしたから、ヨナの伝道の範囲はこの「大ニネベ」のことであったと思われます。さらに、ヨナ書はこのニネベの規模の大きさだけを語っているのではありません。新改訳聖書には訳出されていませんが、「ニネベは神に対して偉大であった」と言うのが直訳です。つまり、神の目から見て、大切でいとおしい存在であったと言うのです。ソドムとゴモラのような罪に満ちた町、世界中を侵略して、その略奪した物資によって富んでいる町、そのような、どうしようもないニネベも神にとっては大切な、愛すべき町だったのです。とすれば、私たちの東京も、「神の目には偉大な街」といえることでありましょう。

・熱心な伝道:
さて、ニネベについたヨナは、早速のニネベの町を歩き回りながら、伝道しました。魚の胃液で変形した異様な顔の男が、角々に立ち止まりつつ、ヘブル語訛りのアッシリヤ語を使って大声で叫んだものですから、この伝道は人々の注目を集めるのに充分であったと思われます。「皆さん。聞いてください。あと40日でこの繁栄したニネベの町は、昔のソドム・ゴモラのように滅ぼされます。あなたがたの罪はあからさまで、余りにも大きいからです。」彼のメッセージは単刀直入、明快この上もないものでした。彼はこの活動を三日続けて行いました。しかも、自分にとって敵国であるアッシリヤの都のど真ん中で・・・。今日必要とされているのは、このようなひたむきな伝道の情熱です。この結果がどのようなものとなったかは、来週の楽しみと致します。
 
終わりに
 
 
主は、今も変わらず、私たちにセカンドだけではなく、サード、フォースのチャンスをくださいます。しかし、それを当たり前のことと思わないで、今のチャンスを価高いものと感謝して受け止め、その恵に縋る生き方を生きたいと思います。
 
お祈りを致します。