礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2013年11月17日
 
「町に大きな喜びが」
使徒の働き連講(20)
 
竿代 照夫 牧師
 
使徒の働き 8章5-25節
 
 
[中心聖句]
 
  5,8   ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。・・・それでその町に大きな喜びが起こった。
(使徒の働き 8章5-25節)


 
聖書テキスト
 
 
5 ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。6 群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。7 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、多くの中風の者や足のなえた者は直ったからである。8 それでその町に大きな喜びが起こった。
9 ところが、この町にシモンという人がいた。彼は以前からこの町で魔術を行って、サマリヤの人々を驚かし、自分は偉大な者だと話していた。10 小さな者から大きな者に至るまで、あらゆる人々が彼に関心を抱き、「この人こそ、大能と呼ばれる、神の力だ」と言っていた。11 人々が彼に関心を抱いたのは、長い間、その魔術に驚かされていたからである。12 しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。13 シモン自身も信じて、バプテスマを受け、いつもピリポについていた。そして、しるしとすばらしい奇蹟が行われるのを見て、驚いていた。14 さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。15 ふたりは下って行って、人々が聖霊を受けるように祈った。16 彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。17 ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。18 使徒たちが手を置くと御霊が与えられるのを見たシモンは、使徒たちのところに金を持って来て、19 「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にも下さい」と言った。20 ペテロは彼に向かって言った。「あなたの金は、あなたとともに滅びるがよい。あなたは金で神の賜物を手に入れようと思っているからです。21 あなたは、このことについては何の関係もないし、それにあずかることもできません。あなたの心が神の前に正しくないからです。22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈りなさい。あるいは、心に抱いた思いが赦されるかもしれません。23 あなたはまだ苦い胆汁と不義のきずなの中にいることが、私にはよくわかっています。」24 シモンは答えて言った。「あなたがたの言われた事が何も私に起こらないように、私のために主に祈ってください。」25 このようにして、使徒たちはおごそかにあかしをし、また主のことばを語って後、エルサレムへの帰途につき、サマリヤ人の多くの村でも福音を宣べ伝えた。
 
前回の復習:
 
 
前回は、「散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。」(4節)との御言から、エルサレム教会の人々がエルサレムから追い出されたように、人生において私たちの願いに反するような出来事が起きうること、しかし、そのような出来事を神の摂理と捉えて、福音を更に多くの人に宣べ伝える機会と捉えるべきことを学びました。5−8節に記されているピリポのサマリヤ伝道については時間切れで触れることが出来ませんでしたので、改めて取り上げます。
 
A.ピリポのサマリヤ伝道(5−8節)
 
 
「5 ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。 6 群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。7 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のなえた者は直ったからである。8 それでその町に大きな喜びが起こった。」
 
1.ピリポという人物
 
 
・ピリポに焦点:
「使徒の働き」の記者であるルカは、数多くのキリストの証人の中から、ピリポを登場させます。それは、彼のサマリヤでの働き、後にはエチオピアの役人への個人伝道が大きな歴史的意義を持っていたからです。

・ピリポという名前:
ピリポの意味は「馬を愛する人」で、同名の人物としては、BC4世紀に活躍したアレキサンドロス大王の父親・マケドニヤ王が有名です。この名前は個人名としても、また、町名としても当時の世界で広く使われていました。主イエスの弟子にもピリポがいたのを覚えておられることでしょう。

・ピリポの出身地:
彼がどこの出身であるかは分かりませんが、恐らくステパノと同様、ディアスポラ・ユダヤ人の一人であったと考えられます。

・ピリポの立場:
そのピリポがペンテコステ前後からキリストの弟子となり、7人の執事の中に入りました(6:3―5)。
 
2.サマリヤとは
 
 
・パレスチナ中央部の州(地図参照):
パレスチナのヨルダン川西部は、ガリラヤ、サマリヤ、ユダヤの三つの州に分かれていました。サマリヤは中央部の州です。

・イスラエル王国分裂時(BC8世紀)、北半分の首都:
サマリヤの町は、イスラエルの王国時代に南北に国が分裂したBC10世紀、北イスラエルの首都となったところです。

・アッシリヤによる滅亡(BC8世紀)後、混血民族に:
北イスラエルがアッシリヤに滅ぼされた紀元前8世紀後半、そこには異邦人が移しこまれ、いわば混血が始まりました。純粋なユダヤ人から見れば、全く人種の異なる異邦人よりも、半分ユダヤ人であるサマリヤ人の方が、敵意と侮蔑の対象となったのです。

・ユダヤ人帰還時(BC6世紀)、ユダヤ人を妨害:
南ユダ王国がバビロンに滅ぼされ、後に釈放されて、BC6世紀にユダヤ人がエルサレムに戻って再建を始めたとき、サマリヤ人はこれを徹底的に妨害しました。

・サマリヤ・ユダヤ間の敵対感情:
こうした背景から、主イエス時代には、ユダヤとサマリヤとの間には抜きがたいほどの敵意が存在していました。

・主イエスの伝道:
その敵意を乗り越えてサマリヤ人に伝道されたのが主イエスです。主イエスはサマリヤのスカルという町に2日間とどまり、その結果多くの人が信じました(ヨハネ4:39−41)。ピリポが行く3年前に、福音の種は撒かれていたのです。
 
3.ピリポ、サマリヤへ
 
 
・サマリヤに「下った」勇気:
「ピリポはサマリヤの町に下って行き」と記されていますが、なぜ「下る」のでしょうか。これは、地理的な意味での高さのことではありません。日本の鉄道が、主要駅から離れるのが「下り」、その反対が「上り」というのと似ています。まして、敵対関係にあったサマリヤですから、「下って行った」という気持が強かったことでしょう。ピリポのサマリヤ行きは、その意味からも大胆な一歩というべきです。彼も、主イエスの模範に倣って、人種的偏見を乗り越えて福音を伝えようという積極的姿勢を持っていたのです。

・どの町?:
ピリポは、「サマリヤの町」(英語では、A town in Samaria)に行きました。その町がどこであるかについては、色々な見解があります。@旧サマリヤ(旧約時代のサマリヤの町で、ヘロデ大王の頃再建され、サバステと呼ばれるようになりました。しかしこれはギリシャ文化の香のする町でしたので、ピリポの行った町ではなさそうです。Aシェケムとも考えられますが、定かではありません。Bシェケムに近いスカルとも考えられます。私は、状況的に見てここであろうと考えています。

・メッセージ:
サマリヤ人のメシヤ待望(ヨハネ4:25)を土台に福音伝達:「ピリポは・・・人々にキリストを宣べ伝え」ました。サマリヤには、元々来たるべきメシヤへの期待がありました。サマリヤの女性が主イエスに向かって「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」(ヨハネ4:25)と言ったことからも分かります。その上、三年前の主イエスの伝道という備えがあり、土壌は耕されていたのです。ピリポはその土壌に「ナザレのイエスこそキリスト(メシヤ)なのだ。」という単純なメッセージを伝えました。

・奇跡の業:
「群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のなえた者は直ったからである。」(6−7節)と記されていますように、彼が行なった奇跡の数々は、彼のメッセージを補強しました。悪の霊に憑かれた者は悪霊から解き放たれ、病の者は癒されました。ですから彼らは、ピリポの説教に「そろって耳を傾けた」のです。

・多くの人々の救いと喜び:
多くの人々が、ピリポのメッセージを受け入れ、キリストを主と信じ、その結果、町に大きな喜びが生まれました。素晴らしいリバイバル現象です。この反応は、エルサレムでも見られないような熱狂振りでした。町が喜びに満たされるとは、素晴らしいことです。主の救いは人々に喜びを齎します。後のピリピ伝道において、キリストを信じた看守とその家族について聖書は「全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。」(16:34)と記しています。天国の家族においても同様です。主イエスは「ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」(ルカ15:10)と語られました。今月は、第一聖日に一人の受洗者が与えられ、第二週の特別集会では、主を信じる決心をした方々が起こされました。天において、どんなに大きな喜びが湧き上がったことでしょうか。そして、私たちの教会も、家族も、その喜びに与ったのです。
 
B.魔術師シモンのエピソード(9−25節)
 
1.表面的な動機で入信(9−13節)
 
 
「9 ところが、この町にシモンという人がいた。彼は以前からこの町で魔術を行なって、サマリヤの人々を驚かし、自分は偉大な者だと話していた。 10 小さな者から大きな者に至るまで、あらゆる人々が彼に関心を抱き、「この人こそ、大能と呼ばれる、神の力だ。」と言っていた。 11 人々が彼に関心を抱いたのは、長い間、その魔術に驚かされていたからである。 12 しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。13 シモン自身も信じて、バプテスマを受け、いつもピリポについていた。そして、しるしとすばらしい奇蹟が行なわれるのを見て、驚いていた。」
 
サマリヤのリバイバルという喜ばしい出来事の中で起きたエピソードが一つ紹介されます。それは、魔術者シモンと呼ばれる男の「入信」です。彼については10月にメッセージをされたカページ博士が詳しく語りましたので、今日はごく短く触れる程度に致します。サマリヤの町に魔術師として生計を立てるシモンという男がおり、ピリポの奇跡的な業に感動して、バプテスマを受けました。真の悔い改めに基づかない「入信」が、後で問題となります。
 
2.ペテロとヨハネの来訪と、より深い奉仕(14−17節)
 
 
「14 さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。15 二人は下って行って、人々が聖霊を受けるように祈った。16 彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。17 ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。」
 
ピリポの伝道成功のニュースがエルサレムに届き、その実情を見るために使徒ペテロとヨハネが派遣されました。彼らが他の地域に行ったという記事はありませんで、サマリヤにだけ派遣されたことは、使徒たちがここでのリバイバルを重要視していたことを示します。この二人の使命は、新しく信者となったサマリヤ人をより深い信仰体験へと導き、半分異邦人と見なされていたサマリヤ人クリスチャンを聖霊の共同体としての教会に一体化させることでした。
 
3.シモンの悪しき動機が叱られる(18−25節)
 
 
「18 使徒たちが手を置くと聖霊が与えられるのを見たシモンは、使徒たちのところに金を持って来て、19 「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にも下さい。」と言った。20 ペテロは彼に向かって言った。「あなたの金は、あなたとともに滅びるがよい。あなたは金で神の賜物を手に入れようと思っているからです。21 あなたは、このことについては何の関係もないし、それにあずかることもできません。あなたの心が神の前に正しくないからです。22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈りなさい。あるいは、心に抱いた思いが赦されるかもしれません。23 あなたはまだ苦い胆汁と不義のきずなの中にいることが、私にはよくわかっています。」24 シモンは答えて言った。「あなたがたの言われた事が何も私に起こらないように、私のために主に祈ってください。」25 このようにして、使徒たちはおごそかにあかしをし、また主のことばを語って後、エルサレムへの帰途につき、サマリヤ人の多くの村でも福音を宣べ伝えた。」
 
ここでシモンが再登場します。入信はしたものの、自己顕示欲、権力欲、物欲が動機となって聖霊の賜物を獲得しよう、それを他の人に与える力を得よう、と要求したシモンの悲しい姿です。しかも大金を積んで・・・。物語の詳細には触れません。ただ、喜ばしい出来事の中にも、サタンが入り込んで、腐敗の種を撒くという事はいつの世にもある、ということを私たちはシモンの記事から警戒させられます。後の伝説によりますと、シモンは本当には悔い改めておらず、教会にとって厄介な存在(トラブルメーカー)であり続けたそうです。私たちにとっても警告となります。
 
おわりに:救いの喜びが家庭を、社会を、国全体を満たすように!
 
 
サマリヤの町に大きな喜びが起きたように、福音が入ると、家に喜びが、町に喜びが、国に喜びが生まれます。そのような主のみ業がなされつつあることを感謝しましょう。そして、その喜びがさらに広がるように祈りましょう。
 
お祈りを致します。