礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2015年3月8日
 
「神の中に生き、動き、在る」
使徒の働き連講(51)
 
竿代 照夫 牧師
 
使徒の働き 17章16-29節
 
 
[中心聖句]
 
  28   私達は神の中に生き、動き、また存在しているのです。
(使徒の働き 17章28節)


 
聖書テキスト
 
 
16 さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。17 そこでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場では毎日そこに居合わせた人たちと論じた。18 エピクロス派とストア派の哲学者たちも幾人かいて、パウロと論じ合っていたが、その中のある者たちは、「このおしゃべりは、何を言うつもりなのか」と言い、ほかの者たちは、「彼は外国の神々を伝えているらしい」と言った。パウロがイエスと復活とを宣べ伝えたからである。19 そこで彼らは、パウロをアレオパゴスに連れて行ってこう言った。「あなたの語っているその新しい教えがどんなものであるか、知らせていただけませんか。20 私たちにとっては珍しいことを聞かせてくださるので、それがいったいどんなものか、私たちは知りたいのです。」 17:21 アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。22 そこでパウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。
23 私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。25 また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。26 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。27 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。29 そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。
 
先回の復習:「毎日聖書を調べた人々」(地図参照)
 
 
先週は、マケドニヤ州の小さな町ベレヤでの伝道の物語でした。特に、そこにいたユダヤ人たちが「テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみ言葉を聞き、はたしてその通りかどうかと毎日聖書を調べた。」(10節b-11節)という記事から、御言葉に接する時の心の在り方を学びました。偏見なく説教者に接する態度、真剣に聞く態度、聖書を自分で読んで納得するまで学ぶ態度の大切さを教えられました。

 
A.アテネでの討論(16−21節)
 
 
「さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。そこでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場では毎日そこに居合わせた人たちと論じた。エピクロス派とストア派の哲学者たちも幾人かいて、パウロと論じ合っていたが、その中のある者たちは、「このおしゃべりは、何を言うつもりなのか。」と言い、ほかの者たちは、「彼は外国の神々を伝えているらしい。」と言った。パウロがイエスと復活とを宣べ伝えたからである。そこで彼らは、パウロをアレオパゴスに連れて行ってこう言った。「あなたの語っているその新しい教えがどんなものであるか、知らせていただけませんか。私たちにとっては珍しいことを聞かせてくださるので、それがいったいどんなものか、私たちは知りたいのです。」アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。」
 
1.アテネについて
 
 
・ベレヤからアテネへ:
300〜400km=ベレヤから一端海岸(エーゲ海)に逃れ、そこから南下する道を導いたのは、ベレヤのクリスチャンたちでした。アテネまでは海路または陸路で400km以上の旅でした。アテネに着いた兄弟たちは、パウロ一人を残してベレヤに戻ります。

・栄光の歴史:
ギリシャ諸都市の指導的地位=アテネとは、言うまでもなく古代世界の中心地です。古代ギリシャは幾つかの独立した都市国家の集まりでしたが、その都市国家群の中でも、指導的だったのがアテネです。軍事的にはBC5世紀のペリクレスの統治で最盛期を迎え、大国ペルシャとの戦いで勝利を収めました。政治的にも、民主主義発祥の地として他の国々に影響を与えました。アテネは、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどが活躍した哲学の町でもありました。

・衰えたアテネ:
ローマによる支配=ただ、パウロが伝道したAD50年頃のアテネは、昔の栄光を失っていました。BC168年、ローマとの戦いに敗れ、その属領となりました。ローマ帝国はアテネに敬意を表して自由都市の地位を与えますが、政治的には衰えていました。それでもアテネはギリシャ文化の中心地としての誇りと、学術都市としての雰囲気を保っていました。

・町の威容(アテネの地図および写真参照):
アテネは、長い城壁に囲まれ、その中には二つの丘がありました。一つはアクロポリス(=山の町)で、その頂上にはギリシャ建築の冠であるパルテノン神殿がそびえていました。第二はアレオパゴス(=マース<ギリシャ語ではアレス>という軍神の大岩)で、アテネの貴族たちが集まる評議所がありました。アゴラ(=市場)はアクロポリスの北西にある大きな建物で、商業と市民生活の中心でした。その他、大きな柱の回廊とか神殿が立ち並ぶ美しい町でした。

 
2.アテネでのパウロ
 
 
・パウロの感想:
偶像に憤激=普通の人でしたら、アテネの威容を見て、お上りさんさながら、驚いたことでしょう。しかし、都会であるタルソ生まれのパウロは、町の威容に驚くどころか、アテネに存在する偶像の多さに憤激しました。その偶像の数は3千を超えていたそうです。こんなに洗練された町、知的な人々なのに、彼にとっては幼稚としか見えない偶像に支配されている、これは何たる知的堕落であるかとパウロは心を痛めたのです。

・パウロの議論:
福音提示と偶像批判=パウロは、見たまま、感じたままを率直に表現しました。その第一の場所は、当然ながらユダヤ人会堂です。アテネにもユダヤ人は多く滞在していたようで、会堂が存在していました。パウロはその会堂に入って、安息日ごとに偶像の愚かさを説き、また、イエス・キリストの福音を説きました。第二の場所は、町の辻々です。アテネ人は好奇心が強く、「アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。」のですから、パウロが辻々に立って話し始めると、やじ馬が容易に集まってきたからです。

 
3.哲学者たちの評論
 
 
・哲学者たち(エピクロス派とストア派)の興味:
その群衆の中には、エピクロス派とストア派の哲学者たちもいました。エピクロス派というのは、実質的には無神論者で快楽を至高の善と見る人々のことです。ストア派は汎神論者で、世界そのものが神である、その神に合一するために修行するという禁欲主義者です。

・彼らの評価:
パウロを「おしゃべり」と嘲笑=この哲学者たちは、パウロと論じ合う中に「このおしゃべり(=文字通りには、種を啄む鳥)は、何を言うつもりなのか。」と言いました。よく分からないが、べらべらよくしゃべる人間だ、と関心が半ば、からかいが半ばの批評を加えました。ほかの者たちは、「彼は外国の神々を伝えているらしい。」と言い、全く見当はずれの評論を行いました。彼らにとって、「イエスと復活」の教えは、理解を超えたものだったからです。

・アレオパゴス(最高評議所)に連れて行く:
この哲学者たちは、パウロをアレオパゴスに連れて行くことにしました。アレオパゴスは、アテネ最高の権威ある評議所であり、すべての宗教的・政治的事柄を決定する法廷のような場所です。市場であれこれ議論するよりもレベルの高い討論をするための機会が備えられたわけです。

・テーマ設定:
パウロの新しい教えとは何か=彼らはそこでパウロにテーマを提供します。「あなたの語っているその新しい教えがどんなものであるか、知らせていただけませんか。私たちにとっては珍しいことを聞かせてくださるので、それがいったいどんなものか、私たちは知りたいのです。」と。
 
B.アレオパゴスでの説教:前半(22―29節)
 
 
「そこでパウロは、アレオパゴスの真中に立って言った。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。」
 
アレオパゴスでの弁論は、かなり準備されたものだったようです。パウロの聴衆は、彼がそれまで会ったことのないほど高い知的レベルを持った人々であり、反対に、聖書的知識はゼロの人々であることを意識していたからです。この説教は、パウロが予め用意したメモに基づいてなされ、それが17章に記録として留められたと考えられます。
 
1.「知られざる神」からの序論
 
 
・街歩きの観察を緒口に:
パウロのとって新しい町、新しいタイプの聴衆に向かう時、序論はとても大切です。コンサートで地方を訪れる歌手が、ご当地の話題から始めると聴衆との距離感がぐっと縮まるのと同じです。パウロは、アテネの町を歩いていた時に、「知られざる神に」と刻まれた石像を見たのでしょう。それを序論として使いました。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。」と。

・「知られざる神に」とは真の神:
パウロは「みなさんが『知られざる神』として拝んでいる方こそ本当の神である」という切り口で、真の神を提示します。「あなた方は多神教という愚かな道を歩んでいる。それは止めて、私が示す真の神を拝みなさい。」とストレートに始めれば、徒に人々の反発を買ってしまいます。パウロの知恵を感じる切り出しであると思います。
 
2.神は創造者である
 
 
パウロは、「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神」という表現で、神が創造者であると宣言します。これは、ギリシャ人にとって理解し難いアイデアです。彼らは、物質は永遠であると考え、すべての中に神がいるという汎神論考え方をもっていたからです。パウロは、それを知りながら、敢えて創造神を強調します。そして、創造者なる神を前提として、下記の五つのポイントを挙げます。

・場所や建物に囚われない:
神が創造神であるならば、人間の作った神殿に縛られる筈がない、というのが第一の論点です。真の神を礼拝するエルサレムの神殿の献堂式でソロモンは、神は人の手で作った建物に住むような小さな方ではない、とその信仰を告白しています。それが真実とすれば、まして、偶像を拝むための神殿は、どんなにきらびやかさを誇ったとしても、それは虚しいことではないか、とアテネ人に挑戦しているのです。

・人間に支えられない:
第二は、人間に支えられる筈がない、という点です「何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。」神が人間を支えていてくださるのであって、人間が必死になって神を支えるのではない、神はそんな小さなお方ではない、というのがパウロの論点です。このコンセプト転換は、私たちにも必要です。神様にお供えをしなければ、神様が怒られるという恐怖感、強迫観念から神を畏れるのではなく、神の愛に対する感謝と信頼が私たちの信仰の基礎です。

・人間はみな同じ:
第三、神は「ひとりの人からすべての国の人々を造り出した」点です。アテネ人は、他の民族が移住によってやって来たのに比べて、自分たちだけがギリシャ固有の民族だという誇りを持っていました。パウロは、神が、すべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになった、と人間の平等を説きます。

・神を見出すことは可能:
第四は、人が真実に求めるならば、見出すことができるお方である、という点です。「これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。」これは自然神学とも呼べる考え方です。パウロは、ローマ1:19−20で「なぜなら、神について知りうることは、彼らに明らかであるからです。それは神が明らかにされたのです。神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」 と言って、聖書の特別啓示によらなくても、自然の観察によって神の存在、創造の業は捉えられる筈だと語っています。私もアフリカの人々との交わりを通して、これは本当であると心から頷きます。

・神は身近な存在:
第五は、神は遠くにおられる方ではなく、私たちの近くにおられる方であるという点です。「確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。」と強調します。この文章は、クレタ島のエピメニデス(BC600年頃)の詩を引用します。エピメニデスが意図したよりも更に深い意味でパウロは、この言葉を真実と捉え、聖書の信仰に当てはめているのです。つまり、私たちの命は神に全く依存しており、神のみ力によってのみ動くことができ、神の恵みの中に存在しているという福音信仰を表しています。さらに、パウロは、キリキヤの詩人アラトス(BC300年)の「私たちもまたその(神の)子孫である」という言葉を引用します。結論的に、「そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。」と偶像礼拝を非難します。
 
おわりに:神の圧倒的存在を感謝しよう
 
 
この説教は、次の30―31節に語られるキリストによる啓示で完結するのですが、それは次週に譲ります。今日私たちが思い巡らしたい言葉は、28節です。「私たちは、神の中に生き、動き、また存在している」(In Him we live and move and have our being.)何と素晴しい信仰告白でしょうか。何と力強い、慰めに満ちた神の圧倒的存在でしょうか。今週のすべての営みにおいて、「私たちは、神の中に生き、動き、また存在している」ことを認めつつ、感謝と信頼と平安のうちに過ごしましょう。
 
お祈りを致します。