礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2015年8月16日
 
「与えるほうが幸い」
使徒の働き連講(60)
 
竿代 照夫 牧師
 
使徒の働き 20章22-38節
 
 
[中心聖句]
 
  35   「主イエスご自身が、「受けるよりも与えるほうが幸いである。」と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」
(使徒の働き 20章35節)


 
聖書テキスト
 
 
22 いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。25 皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないことを、いま私は知っています。26 ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。27 私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。
28 あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。29 私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中にはいり込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。30 あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。31 ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。32 いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。
33 私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。34 あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました。35 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、「受けるよりも与えるほうが幸いである。」と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。
36 こう言い終わって、パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。37 みなは声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、38 彼が、「もう二度と私の顔を見ることがないでしょう。」と言ったことばによって、特に心を痛めた。それから、彼らはパウロを船まで見送った。
 
1.危険に臨む覚悟(22−27節)<先週>
 
 
「22 いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。25 皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないことを、いま私は知っています。26 ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。27 私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。」
 
・エルサレムで待っている危険:
ミレトにおけるパウロの告別説教について、2回に亘り学びました。今日はその3回目、そして最後です。第三次伝道旅行の締め括りにミレトという港に立ち寄ったパウロは、エペソの長老たちを呼び集め、さよならの説教を致します(地図参照)。そこでパウロは、これから進む道が危険に満ちたものであることを予告いたします。

・生命を捨てる覚悟:
「神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」と、使命のためには、生命も捨てる覚悟であることを表明します。

・ラッパを吹いた「見張り人」のように(エゼキエル33:3−6):
「私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。」エペソ伝道については、なすべき務めは果たしたことを宣言します。
 
2.エペソ教会長老への訓示(28−32節)<先週>
 
 
「28 あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。29 私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中にはいり込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。30 あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。31 ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。32 いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」
 
告別の言葉を述べた後、エペソの長老たちに、教会における大切な責務について訓示します。

・自分自身に気を付けること:
詳しい内容は記されていませんが、生活の規律を保つことが大切なこととして意味されていると思います。

・群れをケアすること
・「神が血をもって買い取られた教会」という尊さを覚えて
・牧者として、監督として
・外からの異なる教えに対して警戒
・内から起きる「曲った教え」に警戒しつつ、託された牧会の務めを果たすように訓示します。

・神とその恵みのみことばに委ねる:
パウロは細々とした注意事項を述べますが、その全てを語ることは出来ません。ですから彼は神のみ言葉に委ねるといってその説教を閉じます。この場合、神の言葉とは、旧約聖書・イエスの言葉・使徒伝承をさしています。パウロが神と「その恵みのみことば」と表現しているところが面白いですね。み言葉は、神の戒律を教えるのではなく、恵みを教える言葉なのです。ここまでは、昨週の復習です。
 
3.パウロ自身の潔白さの弁明(33−35節)
 
 
「33 私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。34 あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました。35 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」
 
すべての注意事項を述べた後に、パウロは、告別に当って自分の生活の在り方を振り返って弁明を試みます。

・自分の潔白さの証し:
「私は人の金銀や衣服をむさぼったことはありません」と、自分が金銭に潔白であったことを証します。これは、いにしえの預言者サムエルが、生涯の終わりに行った演説を思い起こさせる言葉です。サムエルは民に質問します。「私はだれかの牛を取っただろうか。だれかのろばを取っただろうか。だれかを苦しめ、だれかを迫害しただろうか。だれかの手からわいろを取って自分の目をくらましただろうか。もしそうなら、私はあなたがたにお返しする。」(1サムエル12:3)民は答えます。「あなたは・・・人の手から何かを取ったこともありません」と。さて、パウロが金銭問題に関わるこんな弁明をしなければならなかったのには、理由があります。パウロの反対者たちは、「パウロという人物は金銭を目的に奉仕をしているのだ」といういわれのない中小を繰り返していました。ですから、パウロは、自分の潔白さを殊更に強調する必要を感じていました。1テサロニケ2:9には、「私たちはあなたがたのだれにも負担をかけまいとして、昼も夜も働きながら、神の福音をあなたがたに伝えました」と言い、2テサロニケ3:8でも「人のパンをただでたべることもしませんでした。」と言っています。1コリント9:11−12には報酬を頂く権利はあるが使わなかった、とか、2コリント11:8−9には、他教会からの献金で生活し、コリント教会の面倒はかけなかったとも言っています。

・シンプルライフの証し:
パウロは、金銭の扱いに潔白であるだけではなく、シンプルライフに徹底することも証したかったのです。ピリピ4:11で「どんな境遇にあっても満ち足りることを知りました。」と言っていますし、1テモテ6:6でも、「満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。」と言い、更に「私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。」(1テモテ6:7−8)とも言っています。

・労働の証し(パウロ自身だけでなく一行の生活費も支える):
「あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました。」パウロは、「この両手は」と言って、自分の両手を見せながら話しました。テント作りによって節くれだった指に注目が集まりました。彼は、毎日エペソのツラノ講堂で説教を続けながらも、テント作りに精を出していました。それは自分の生活費のためだけでなく、自分の仲間の生活費を稼いでいたのです。もちろん、パウロの仲間の生活費全部までは面倒見切れなかったでしょうが、かなりの部分は賄っていたのではないかと思われます。

・与える幸いの強調:
ここまで述べたパウロは、主イエスの言葉を引用します。「受けるよりも与えるほうが幸いである。」という言葉を自分は実践したつもりだし、長老たちにもその模範に従ってほしいのだと念を押します。ただ、この言葉をその意味するところ以上に極端に捉えないように注意して頂きたいと思います。受けることは災いとは言っていません。受けることも恵み、しかし、与える方はもっと幸いという比較の問題なのです。私が健康を保っていた間は、正に「与える幸い」を実践しようと張り切っていたと思います。しかし、3年前大きな病を得て、何もできない自分、人に世話をしてもらうしかない自分を見つめた時、受けることも幸いなのだということをしみじみと知らされました。「受ける幸い」を頑なな禁欲的な気持ちで拒否することは、愛の神様の御心ではありません。「受ける幸い」を感謝と共に認めつつ、いやそれだからこそ、「与えるという」より大きな幸いの方を選び、その恵みに生き続けていきたいものです。

・口伝伝承の存在:
さて、「受けるよりも与えるほうが幸いである。」という言葉は福音書の中にでてきません。勿論、それに似た言葉はあります。例えば、ルカ6:38の「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。」とか、マタイ10:8の「ただで与えられたのですから、ただで与えなさい」という言葉です。しかし、「受けるよりも与えるほうが幸いである。」という言葉自体は福音書に記録されていません。それでは、どうしてパウロが主イエスの言葉として引用したのでしょうか。恐らくこの時点(AD56年頃)までに、主イエスの言葉の断片が定式化して行き渡り始めていたのでしょう。それらを口伝伝承(ロギア)と言います。そのロギアを丁寧に集めたものが福音書であったと考えられます。そのロギアの一節が「受けるよりも与えるほうが幸いである。」だったことでしょう。文語訳では「与ふるは、受くるより幸いなり」です。

・与える幸いの適用
・主イエスの生涯:
パウロは、与える幸いについての主イエスの言葉を引用しながら、それを文字通り実践されたのは主イエスご自身であったことを示します。主は、神としての栄光を捨てて、人となられました。公のご奉仕の間中も、徹底的に己を与え尽くされました。時間もエネルギーも、必要な人々に与え尽くされました。そして最後には、己の命を与え尽くされました(ピリピ2:6−8)。
・パウロの模範:
パウロは、主の教えを自分の「自給伝道」に当てはめて実践しました。
・私たちの実践:
パウロは率直に、エペソ教会の長老に、この原則を実行してほしいと訴えています。私たちの個人の生活に於いても「与えるほうが受けるよりも幸い」というこの原則を当てはめたいものです。私たちの収入が、みんな自分の楽しみや安定した生活、蓄財に回ったならば、主はどんなに悲しまれることでしょう。さらにこの原則は、地域教会の在り方にも適用できます。私たちの献金がみんな私たちの教会の存続と活動のためだけに使われたら、国外宣教はどうなってしまうでしょうか。他の地域の宣教はどうなってしまうでしょうか。マイチャーチイズム、地域教会エゴに陥らない教会経済を考えたいと思います。もっと広く、特に日本の教会が日本の事だけを考えて海外宣教から目をそらすことが無いようにしたいと思います。
 
4.告別(36−38節)
 
 
「36 こう言い終わって、パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。37 みなは声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、38 彼が、『もう二度と私の顔を見ることがないでしょう。』と言ったことばによって、特に心を痛めた。それから、彼らはパウロを船まで見送った。」
 
さて、パウロの勧めが終り、出発のときが来ました。

・祈り:
美しい別れの形=「パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。」何と麗しい、何と厳かな光景でしょうか。祈って別れることが、キリスト者として最もふさわしい形の別れです。教会の交わりに於いても、「じゃあ、さよなら」と言って別れるのも悪くはありませんが、互いにその祝福を祈って別れる別れ方はもっと素晴らしいと思います。

・口づけ:
「みなは声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、彼が、『もう二度と私の顔を見ることがないでしょう。』と言ったことばによって、特に心を痛めた。」エペソの長老たちは、パウロとの今生の別れを惜しみました。尤も、先週お話ししましたようにパウロはこの数年後、またエペソを訪れる機会があったようなのですが、ともかくこの時は「二度と顔を見ることがない」というパウロのことばによって、みんなは心を痛めました。

・見送り:
「それから、彼らはパウロを船まで見送った。」ミレトの港まで皆は塊となって見送りに行きました。テープが投げられたかどうか分かりませんが、飛行機や新幹線の現代には味わうことのできない別れの感傷が一同を覆ったことでしょう。今から60年以上前でしたが、蔦田眞實先生と竿代忠一先生がアメリカに留学のため横浜の港を出帆されたとき、「別るるわれらをば、御手もて導き」と何度も何度も歌って別れたのを懐かしく思い出します。
 
おわりに:「与える幸い」を実践しよう
 
 
もう一度「受けるよりも与えるほうが幸い」という主イエスの言葉を味わいましょう。私は、誰に対して、何を与えているでしょうか。具体的に私たちが払っている犠牲は何でしょうか。深く思い巡らしつつ、そして示された小さなことでも実践するこの一週間でありたいと思います。
 
お祈りを致します。