礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2016年6月12日
 
「大胆に神の国を宣べ伝え」
使徒の働き連講(75)終講
 
竿代 照夫 牧師
 
使徒の働き 28章16-31節
 
 
[中心聖句]
 
  30,31   こうしてパウロは・・・大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。
(使徒の働き 28章30-31節)


 
前回の纏め(ローマへの旅地図参照):
 
 
前回は、28章前半の物語を取り上げました。ローマに向かって旅をしていたパウロたちを迎えるべくローマから70kmも離れたトリス・タベルネまで来てくれたローマ信徒たちの暖かさと、それによって勇気づけられたパウロの物語でした。そのことを表す15節「パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。」を中心聖句として学びました。さて、今日は28章後半を取り上げ、使徒の働き連講最終回といたします。

 
1.ローマでの生活(16節)
 
 
「私たちがローマにはいると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。」
 
・ローマ市について(ローマ市街地図およびフォロ・ロマーノ写真参照):
古代ローマは、ティベリス川の東岸の7つの丘に囲まれた集落から始まりました。パラティーノの丘とカンピドリオの丘の間に排水路が設けられ、湿地を乾燥させた場所に公共の施設フォロ・ロマーノ(ローマの広場)が作られました。ここがローマの政治・経済の中心となりました。またカンピドリオの丘にはユピテル神殿が建設されました。紀元前312年からはローマ街道の敷設が、また同じ頃から水需要の増加に対応するローマ水道の建設が始まりました。この町はローマ帝国の首都となり、皇帝アウグストゥスの時代には100万人が居住する世界最大の都市となりました。それに伴いフォロ・ロマーノも整備され、ローマは権力の中心としての都市開発が進展しました。

・ローマでの「借家」(囚人ではあるが、特別待遇を受ける):
ローマにおけるパウロは、囚人ではありましたが、ローマ市民としての立場、皇帝への上訴中であるという状況、さらに、護送中の同船者への貢献も考慮されて、手厚い待遇を受けました。護送を担当したユリアス百人隊長が、ローマでの警護の責任者である近衛士官(ピリピ1:13では「親衛隊」と記されている)にこうした内容を引継いだようです。パウロは、自分の費用で借家を借り、そこに住む自由を与えられました。外出は禁止されたものの、外からの客人の出入りは自由でした。つまり、緩やかな軟禁状態に置かれたのです。この時に書かれた4つの幽囚書簡には、「牢に入れられた」という表現がいくつかありますが、文字通りの牢獄体験ではなかったようです。それでも、20節には「鎖で?がれた」との表現がありますから、自分の家ではあるが、4時間おきに交代する警護の兵士と鎖でつながれているという不自由さはありました。しかしながら、この警護の兵士たちとの交わりが、彼等への伝道の機会になったのですから、神の業は不思議です(ピリピ1:13「私がキリストのゆえに投獄されている、ということは、親衛隊の全員と、そのほかのすべての人にも明らかになり・・・」)。
 
2.ユダヤ人指導者との第一回会合(17〜22節)
 
 
「三日の後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集め、彼らが集まったときに、こう言った。『兄弟たち。私は、私の国民に対しても、先祖の慣習に対しても、何一つそむくことはしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。ローマ人は私を取り調べましたが、私を死刑にする理由が何もなかったので、私を釈放しようと思ったのです。ところが、ユダヤ人が反対したため、私はやむなくカイザルに上訴しました。それは、私の同胞を訴えようとしたのではありません。このようなわけで、私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、お招きしました。私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです。』すると、彼らはこう言った。『私たちは、あなたのことについて、ユダヤから何の知らせも受けておりません。また、当地に来た兄弟たちの中で、あなたについて悪いことを告げたり、話したりした者はおりません。私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。』」
 
・パウロ、裁判の経緯を説明する(自分は無実であるが、不当な扱いへの抗議も込めて上訴している):
ローマ到着から三日経って、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集めました。当時ローマには多数のシナゴーグがあり、ユダヤ人社会が存在していました。クラウディオ皇帝の時、彼らが問題を起こしてローマから追放されたという事件がありました(使徒18:2)が、それは恒久的なものではなく、ユダヤ人社会はローマで確固たる地位を築いていました。そのユダヤ人社会において、パウロの名前と業績はよく知られていましたから、彼らはパウロの招待に応じて集まってきました。その場でパウロが強調したのは、次の6点です。@自分は同胞ユダヤ人にも、その慣習にも背く行為はしていない。Aそれなのにエルサレムのユダヤ人たちは、不当な理由で自分を捕えた。Bローマ総督たちは、取り調べの結果無罪の心証を得て、釈放しようとしたがユダヤ人の反対に遭って釈放しなかった。C自分はローマ市民権を行使して、その不当な扱いについて抗議するために皇帝に上訴した。D従って自分はユダヤ人を訴えているのではなく、ローマ官憲の不当さを訴えているのである。E自分の幽囚は、メシヤへの待望の故である。実に簡潔に、正確に自分の立場を述べます。

・指導者たちの慎重な対応:
ユダヤ人指導者達はパウロの説明を100%理解し、賛成した訳でもなく、かと言って直接反論する訳でもなく、態度保留で、次なる機会にその判断を延ばしました。賢いとも言えるし、ずるいとも言えます。彼らの言い分はこうです。@自分たちは、パウロの捕縛や裁判、ローマへの移送について、エルサレムの指導者たちから正式な知らせを受けていない(だから、パウロの話だけで一方的な判断は下せない)。Aエルサレムから来たユダヤ人たちも特にパウロの悪評判は報告していない(だから、多分パウロは極悪人ではないだろう)。Bただ、「ユダヤ教キリスト派」については、多くの非難を聞いている(その頭目であるパウロから直接「ユダヤ教キリスト派」について聞きたい)。何とも斜に構えたという感じです。ユダヤ教指導者たちは、再会を約束してパウロの下を離れます。
 
3.ユダヤ人指導者との第二回会合(23〜28節)
 
 
「そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。『聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの先祖に語られたことは、まさにそのとおりでした。「この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。」ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。』」
 
・パウロ、福音を伝える:
予約の日になりました。初会合をしたユダヤ人指導者たちは、更に大勢でパウロの宿(つまり借家という牢獄)にやってきました。パウロは朝から晩まで一瀉千里で福音を語りました。テーマは、「神の国」、神の支配が具体化される領域のことで、主イエスの宣教の主題でもありました。強調点は、旧約聖書が主イエスのことを証ししている、ということです。もう少し詳しく言うと、@聖書は来るべきメシヤについて預言していること、Aメシヤは、贖いの死と復活によって救いを全うすること、Bそのメシヤは、ナザレのイエスに他ならないこと、の3点でありました。パウロは、それを客観的な出来事として淡々と語ったのではなく、聞き手であるユダヤ人指導者がイエスを主と受け入れるようにと熱く迫ったのです。

・人々の反応は分かれる(信じた少数と信じなかった多数との間で対立):
当然ながら、聞き手は二つに分かれました。そうかと頷く人々、いやそんなことは信じられないという人々と。二者の対立は深刻になりましたが、夕闇が迫ってきたので、そのままサヨナラとなりました。

・パウロは、不信の多数に審判を宣告する:
二つのグループにとは言いますが、残念ながら、信じない派が多かったようです。パウロは信じない派に対して、警告を残します。@神の言葉が充分語られても信じない人々が存在することは、預言者イザヤによって預言されている(と言ってパウロは、イザヤ書6:9〜10を引用します。パウロは聖書を持って歩くことはできなかったことでしょうが、全聖書は彼の頭の中に入っていたことでしょう。イザヤ書本文はこうです、「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』この民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の心で悟り、立ち返って、いやされることのないために。」パウロの引用は、「この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。」微妙な違いはありますが、言わんとしていることは同じです)。A多くのユダヤ人が信じなかった結果、神の救いは、異邦人に送られた。彼らは、福音に耳を傾けるであろう〈事実、このローマでも、異邦人クリスチャンが多く誕生していた〉。
 
4.二年間の幽囚と証しの生活(30〜31節)
 
 
「こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。」
 
・不自由さを逆手に取って伝道(「出て行けないならば、招けばよい」):
この日の訪問の結果は、言及されていません。信じた少数の人々は、既に存在していたローマ教会の一部として受け入れられたことでしょう。それはそれとして、その後の二年間、パウロは「たずねて来る人たちをみな迎えて、・・・神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。」のです。鎖に繋がれて自分が出かけて行けない状況のまま、彼はそれを逆手に取って伝道しました。「出て行けないならば、招けばよい」この発想の転換が大きなチャンスを生んだのです。この間の伝道の様子を、エペソ、ピリピ、コロサイ、ピレモンの各書から伺い知ることができます。いくつかを拾い読みします。

・ピリピ書:
警護兵達を通して福音が広まり、それが他のクリスチャン達の刺激となった(1:12−14、「私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。私がキリストのゆえに投獄されている、ということは、親衛隊の全員と、そのほかのすべての人にも明らかになり、また兄弟たちの大多数は、私が投獄されたことにより、主にあって確信を与えられ、恐れることなく、ますます大胆に神のことばを語るようになりました。」)

・エペソ書:
鎖に繋がれたまま福音の大使となった(6:19−20「私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。」)

・コロサイ書:
み言葉のための門が開かれた(4:3−4「同時に、私たちのためにも、神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように、祈ってください。この奥義のために、私は牢に入れられています。また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください。」)

・ピレモン書:
獄中で個人伝道をした(9−10「年老いて、今はまたキリスト・イエスの囚人となっている私パウロが、獄中で生んだわが子オネシモ・・・」)

・大胆さ(「大胆」(パレーシア)とは、「全ての言葉、発言」。聖霊の与える自由によって、語るべきことを曲げず、省かずに語ること):
大胆とは、奇矯な方法で、蛮勇を奮って伝道することではありません。「大胆」(パレーシア)とは、「全ての言葉、発言」と直訳される言葉です。語るべきことを曲げないで、省かないできちんと語ることが大胆です。パウロはエペソ書で「大胆に語れるように祈ってくれ」とエペソ教会にお願いしていますし、ピリピ教会には「私は今も大胆に語っている」とも言っています。使徒28:31では、パレーシア(すべての発言)の形容詞に更にパン(すべての)がついて、「すべての自由な発言」という強調語です。これは聖霊の与えなさる自由に基づきます。私たちも、福音を伝える時、聖霊の与えなさる自由によって発言し、証ししたいものです。

・妨げられずに(アコーリュトース):
この場合は、法律的な意味合いで使われているようです。ルカが「使徒の働き」を書いた目的は、キリスト教が怪しげな新興宗教ではなく、信教の自由を重んじるローマ政府もその存在を承認せざるを得ないまっとうなものだということを示すためでした。ネロ皇帝が、この出来事の数年後ローマ大火事件からおかしくなってクリスチャンたちを迫害するまで、ローマ政府はまっとうな立場を示し続けました。パウロの宣教は、社会秩序を乱すものとの非難を受けることなく行われたのです。
 
おわりに:未完結の使徒行伝の続きを書くのは「あなた」
 
 
「使徒の働き」は、何となく締まらない終わり方をしています。その後どうなったかも記されていません。パウロの牢獄伝道の継続でパタッと終わっているからです。でも、私は、ここにメッセージがあると感じています。「使徒の働き」は終わっていない、その続きを書くのはあなただ、というメッセージを汲み取りたいと思います。私たちがパウロからバトンを受け継いで「大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教える」番なのです。
 
お祈りを致します。