礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2016年7月10日
 
「どの民族のものとも違って」
エステル記連講(3)
 
竿代 照夫 牧師
 
エステル記 3章1節〜4章3節
 
 
[中心聖句]
 
  8   王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。
(エステル記 3章8節)


 
はじめに:
 
 
先週は2章から、孤児のユダヤ少女であるハダサ(エステル)が、ペルシャという大帝国の妃として選ばれるシンデレラ的な物語でした。エステルが、接するすべての人々から好感を持たれた点に心に留めました。その4年後、物語は、王の側近ハマンを巡るどろどろした戦いに移ります。
 
1.ハマンの昇進と怒り(1〜6節)
 
 
「この出来事の後、アハシュエロス王は、アガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて、その席を、彼とともにいるすべての首長たちの上に置いた。それで、王の門のところにいる王の家来たちはみな、ハマンに対してひざをかがめてひれ伏した。王が彼についてこのように命じたからである。しかし、モルデカイはひざもかがめず、ひれ伏そうともしなかった。王の門のところにいる王の家来たちはモルデカイに、「あなたはなぜ、王の命令にそむくのか。」と言った。彼らは、毎日そう言ったが、モルデカイが耳を貸さなかったので、モルデカイのこの態度が続けられてよいものかどうかを見ようと、これをハマンに告げた。モルデカイは自分がユダヤ人であることを彼らに打ち明けていたからである。ハマンはモルデカイが自分に対してひざもかがめず、ひれ伏そうともしないのを見て、憤りに満たされた。6 ところが、ハマンはモルデカイひとりに手を下すことだけで満足しなかった。彼らがモルデカイの民族のことを、ハマンに知らせていたからである。それでハマンは、アハシュエロスの王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしようとした。」
 
・ハマン:
ここで、突然ハマンという男が登場します。ハマンという男の背景については、「アガグ人、ハメダタの子」と紹介されています。アガグという名前は、第一サムエル書にアマレク人の王として登場します。エジプトを脱出したばかりのイスラエルがシナイ半島を南に向かって進み始めた時、幼鳥を襲うハゲタカのように襲ってきたのがアマレク人です(出17:8)。モーセの従者ヨシュアが大将となってこれを打ち破ったのですが、主は、「代々に亘ってアマレクと戦う」(17:16)と、主とアマレクとの戦いが終わらないことを予言しています。時代が下って、イスラエルが王国となった時、初代の王であるキシュの子サウルに与えられた命令が、出エジプトの時に取った卑怯な行為に対する懲罰としてアマレク人を打ちなさい、というものでした。そのアマレクとの戦いで捕えられ、後に処刑されたのがアマレク王アガグです(1サムエル15:2、33)。ユダヤ人の歴史家であるヨセフスは、ハマンはこのアガグの子孫であると言っていますが、もしそうとすれば、サウル王の末裔モルデカイとアガグ王の末裔ハマンとの対立は不思議な因縁というべきでしょうか。

・ハマンの特進:
さて、そのハマンですが、どうやって王様に取り入ったのか過程は記されていませんが、ともかく、アハシュエロス王に気に入られ、居並ぶ側近たちを差し置いて、特進扱いで王の最高側近、つまり総理大臣となります。

・モルデカイの“靡(なび)かぬ態度“:
特進を果たした側近の常として、その位の高さを異常なまでに気に掛けます。その一例が、自分が通り過ぎる時、全ての者に敬礼または拝礼を要求するのです。しかも王様の権威を借りて。全ての者が、権力に媚びて拝礼する中で、一人だけ靡(なび)かない男がいました。それがモルデカイです。神ならぬものを礼拝してはならないという律法に倣った態度なのか、相手がハマンという傲慢な人間だったから拒絶反応を示したのか、もっといえば、彼がアガグ人であったからか、理由は記されていませんが、ともかく、モルデカイは頭を下げることをしませんでした。上に推測した理由は、全部当たっていたことでしょう。彼の同僚たちは言いました、「モルデカイ君、どうして、そんなに君は頑固なんだね。確かにハマンは嫌な奴だが、形だけでも頭を下げれば済むことなんだし、しかもこれは王命なんだからね。社会においては多少の妥協は必要だよ。」と。しかしモルデカイは「忠告はありがたいが、僕は真の神だけを恐れるユダヤ人としてこうせざるを得ないんだ。」と答えるだけでした。

・ハマンの怒りと企み:
モルデカイの態度は、宮中の評判となりました。特に彼の同僚がハマンに対して「モルデカイをどうしたものでしょう。彼の頑固はユダヤ人独特のものでから、ちょっとやそっとの勧告では聞き入れてくれないのです。」と相談したものですから、ハマンの怒りは心頭に達します。そして、モルデカイ一人を処分するだけでは収まらず、彼の属しているユダヤ人全体を処分しようという復讐心に燃え上がっていくのです。実は、この復讐心が、前代未聞のホロコースト計画の根っこにある問題です。モルデカイの「拝礼をしない」態度が、実は、個人的な好き嫌いの感情からくるのではなく、唯一神を信仰するユダヤ人なるがゆえの頑固さであることを、ハマンは知っていたのです(4節)。
 
2.「ホロコースト」命令(7〜15節)
 
 
「アハシュエロス王の第十二年の第一の月、すなわちニサンの月に、日と月とを決めるためにハマンの前で、プル、すなわちくじが投げられ、くじは第十二の月、すなわちアダルの月に当たった。ハマンはアハシュエロス王に言った。「あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。それで、彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。もしも王さま、よろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いてください。私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。」そこで、王は自分の手から指輪をはずして、アガグ人ハメダタの子で、ユダヤ人の敵であるハマンに、それを渡した。そして、王はハマンに言った。「その銀はあなたに授けよう。また、その民族もあなたの好きなようにしなさい。」そこで、第一の月の十三日に、王の書記官が召集され、ハマンが、王の太守や、各州を治めている総督や、各民族の首長たちに命じたことが全部、各州にはその文字で、各民族にはそのことばでしるされた。それは、アハシュエロスの名で書かれ、王の指輪で印が押された。書簡は急使によって王のすべての州へ送られた。それには、第十二の月、すなわちアダルの月の十三日の一日のうちに、若い者も年寄りも、子どもも女も、すべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪えとあった。各州に法令として発布される文書の写しが、この日の準備のために、すべての民族に公示された。急使は王の命令によって急いで出て行った。この法令はシュシャンの城でも発布された。このとき、王とハマンは酒をくみかわしていたが、シュシャンの町は混乱に陥った。
 
・くじ引き:
アハシュエロス王は、新年にはその年の月毎の行事カレンダーを決めるために、くじを引きます。それが12月13日と出ます。その日を吉日とみたハマンは、王に対してとんでもない進言を致します。本心はモルデカイに対する復讐なのですが、それはおくびにも出さず、まことしやかに公共の福祉を前面に出しての進言です。

・ハマンの「ユダヤ人脅威論」=世界に散り、しかし民族的一体性を失わず、独自の法令を持ち、帝国の法令に従わない(?):
「王様、実は、このペルシャ王国の中に、一つだけ王様の威令に従わない民族がいます。彼らは自分たちだけの律法というものを持っていて、王様の権威よりも自分たちの律法を上において守っています。こう言う民族をそのままにしておいたら、王様の威令がこの国に行われなくなってしまいます。どうか、見せしめのためにもその民族を厳しく罰して亡き者にしてください。」ハマンが指摘している第一は、ユダヤ人が帝国内のあらゆる地域に分散して存在していることでした。これは、他のどんな民族とも異なる点でした。事実、ユダヤ人は、捕囚となった災いを福と捉え、世界中有力な都市に進出して、商売をし、儲けていました。しかも、民族としてのアイデンティティを決して失いませんでした。第二は、散り散りになりながらも一体性非常な特異性を保っており、彼らは独自の法令を持ち、それに従っている、それが帝国の脅威となっている、という点でした。しかし、ハマンの表現は一方的かつ大袈裟です。確かにユダヤ人は安息日遵守、唯一神信仰、汚れた食物忌避などの点は頑固でしたが、しかし、ペルシャ帝国に対しては忠誠であり、その法令はきちんと守っていました。モルデカイが王の暗殺計画を察知して事前に阻止した事件などはその象徴です。ですから、ハマンの事実の半分以下しか語らず、残りの半分以上は大嘘でした。

・問題の本質は唯一神信仰と世俗社会の衝突:
実際に唯一の神への忠誠が世俗社会への脅威となるかどうかは別として、真の神以外の者を決して拝まないという一貫した態度が迫害を引き起こしたことは確かです。しかし、その中で信仰を貫いた多くのモルデカイが居たために、信仰が継承されて来ました。ローマ帝国時代のクリスチャンたちは、カイザルの神格化を拒否したことを理由に円形競技場でライオンに食われました。日本でも将軍への忠誠と真の神への忠誠の二者択一を迫られた多くのキリシタン達は、殉教か地下潜伏の道を取りました。教育勅語発令の時には、内村鑑三は「不敬事件」によって職を奪われ、家に石を投げられましたが、信仰を貫きました。第二次大戦の時には、天皇を現人神とすることを拒んだホーリネス教会指導者たちが多数弾圧されました。真の神のみを恐れる信仰と、それを曲げようとする世俗勢力との戦いは、正に現在も続いています。今日の選挙も、日本の将来を決める大切なものと思います。

・王の許可(銀1万タラント贈賄の効果):
ハマンは、その脅威論に基づいてユダヤ人抹殺計画を提案します。更に巧みなことには、このプロジェクトのために銀1万タラント(約300トン)の国庫納入を提案します。これはペルシャ帝国の歳入の半分以上に相当する額です。そもそも、総理大臣とは言え、国家プロジェクトの費用を個人のポケットから捻出するのは理に適わないことです。しかし王は、殆どその内容も把握せず、重大さも理解せず、ただ、ハマンに向かって、「よきにはからえ」と全権を託し、印鑑まで与えてしまいます。当時は、対ギリシャ戦争に負けて、財政は危機に陥っていましたから、渡りに船だったかもしれません。しかし、一民族の滅亡という重大なことがこんな簡単な「渡りに船」的決定でなされてしまったのです。実は、ハマンは、この「ホロコースト」計画を通して滅ぼすユダヤ人の全財産をせしめる許可を貰いましたから、決して損な計算ではありませんでした。長い人類の歴史では、こんな愚かな、非人間的なことが何度も何度も繰り返されてきました。人間の罪深さを知らされます。

・全国へのお触れ(12月13日、ユダヤ人全滅・財産没収):
ハマンは早速法令を整え、ペルシャ帝国の全州にお触れを出します。12月13日を期して、ユダヤ人を全滅し、彼らの家財をかすめ奪え」と。ここまでは、神の民に対して、反対勢力が完全勝利を収めたように見えます。正に、神の民を抹殺することは、そこから救い主を誕生させようとする神の計画を無にしてしまうことになります。ここまで考えると、神の計画に常に逆らうサタンの勝利と見えます。
 
3.ユダヤ人の嘆きと悲しみ(4:1〜3)
 
 
「モルデカイは、なされたすべてのことを知った。すると、モルデカイは着物を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶり、大声でひどくわめき叫びながら町の真中に出て行き、王の門の前まで来た。だれも荒布をまとったままでは、王の門にはいることができなかったからである。王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人のうちに大きな悲しみと、断食と、泣き声と、嘆きとが起こり、多くの者は荒布を着て灰の上にすわった。」
 
・モルデカイの嘆き(荒布、灰、叫び):
モルデカイは、この法令を知らされるや否や、大きな悲しみを覚え、荒布を着、灰をかぶり、大声で泣き叫びながらシュシャンの町を歩きます。

・全ユダヤ人の嘆き:
このニュースが伝わるや否や、帝国内のどの地域にいるすべてのユダヤ人の間で大きな嘆きと叫びが起きます。どのようにして問題は解決されるのでしょうか。来週を楽しみにお出でください。
 
おわりに:周りとの違いを恐れず、違いによって主を証ししよう
 
 
キリスト者は、神を畏れない社会では「希少」な存在かも知れませ。周りから変わり種扱いを受けることも少なからずあります。しかし、周りとの違いを恐れず、却ってその違いをもって主を証ししたいものです。み言葉をもって終わります。「たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。彼らの脅かしを恐れたり、それによって心を動揺させたりしてはいけません。むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、恥じることはありません。かえって、この名のゆえに神をあがめなさい。」(1ペテロ3:14〜16)
 
お祈りを致します。