礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は旧新約聖書・新改訳聖書第三版(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2017年11月19日
 
「宣教的な教会に学ぶ」
宣教メッセージ
 
梅田 昇 牧師
 
ピリピ人への手紙 4章17-21節
 
 
[中心聖句]
 
  18   私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。
(ピリピ人への手紙 4章18節)


 
聖書テキスト
 
 
17 私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。18 私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。20 どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。21 キリスト・イエスにある聖徒のひとりひとりに、よろしく伝えてください。私といっしょにいる兄弟たちが、あなたがたによろしくと言っています。
 
宣教聖日を迎えて
 
 
11月は宣教を強調する月となっていて、全国のインマヌエル教会では、宣教聖日を守る教会が多いことでしょう。宣教ビデオが送られてきまして、先週の宣教祈り会で見せて頂き、お祈りの時を持ちました。今朝はオーディオの担当者が宣教ビデオのダイジェスト版を準備してくださり、先ほど拝見しました。

今朝は、宣教聖日ですので、宣教に関するメッセージを語ります。宣教とは主キリストの福音を宣べ伝えることです。私たちが主キリストを信ずるために誰かが私たちのために祈り、誰かが私たちに福音を伝えてくださったのではないでしょうか。私に最初に福音を伝えてくださったのは故田辺民雄先生です。同じように、誰かが私たちに声をかけ、祈ってくださった故に、私たちも信仰を持つことができるようになったのではないでしょうか。

日本に最初に聖書を伝えたのは、イエズス会の宣教者でありましたが、残念なことにキリスト教禁止令が出され、迫害を受け、江戸時代には、隠れキリシタンとして存続し続けたことです。明治に入り、文明開化の幕開けとともに、プロテスタントの宣教師が次々とやってきて、聖書を日本語に翻訳したり、大きな困難に直面しながら、福音を伝えてくれたです。初期の時代、欧米の宣教師たちは、石を投げつけられたり、様々な迫害を日本人から受けたのです。にもかかわらず、日本人を愛して福音を伝え続けてくださったのです。
 
ピりピ人への手紙について
 
 
今朝は、宣教的な教会であるピリピ教会の姿から、学ばせていただきたいと願っていまます。ピリピ人への手紙は、パウロの獄中書簡の一つで、ローマの獄中から、ギリシャの北部にあるピリピ教会に書き送られたと考えられます。この手紙のテーマは、「喜び」です。この手紙の中に、19回ほど、喜び、あるいは喜ぶということばが繰り返されています。恐らく、パウロはローマで獄中生活を強いられながら、心に喜びが溢れていたのでしょう。ピリピ教会は、すばらしい教会であり、宣教者パウロを物心とも支援する教会だったのです。ピリピ人への手紙は、そのすばらしい宣教的なピりピ教会に対するお礼状という性格を持っています。
 
T.ピりピ教会の受けた恵み
 
 
第一に、ピリピ教会の受けた恵みについて考えてみましょう。
 
A.ルデアの回心
 
 
使徒の働き16章によりますと、パウロは第二次宣教の途上、マケドニア人の幻を見、マケドニアに渡り、ピリピの町を訪れました。先ほど、PP(PowerPoint:礼拝スライド) に写真が出ましたが、パウロは、川岸に集まった女性たちに福音を語り、主が紫布の商人ルデアの心を開いてくださり、彼女は、回心したのです。そして、彼女の家族も救われ、バプテスマを受けたのです。この家族は、ヨーロッパ世界における第一号の信仰者でありました。ルデアの回心がピりピ教会の始まりであったと言えるのです。
 
B.看守の回心
 
 
パウロが占いの霊にとりつかれた女性たちから悪霊を追い出すと、女性たちを使って利益を挙げていた主人たちが彼を訴え、捕らえ、パウロたちは、このピリピの町の牢獄に入れられてしまったのです。パウロとシラスが真夜中ごろ、獄中で賛美を歌っていると、大きな地震が起こり、獄舎の扉が開いてしまいました。すると、看守は囚人たちが逃げてしまったと勘違いし、自殺をしようとしました。パウロとシラスは、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と語りました。看守は、「先生方、救われるために何をしなければなりませんか」と尋ねたのです。彼らは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と語りました。こうして、この看守とその家族も主キリストを信じ、救われたのです。こうして、ピリピ教会が誕生したのです。

神様は、ピリピ教会の一人一人を恵みの世界、祝福の世界へと導いてくださったのです。1章3−5節をご一緒に読ませて頂きましょう。「私は、あなたがたのことを思うごとに私の神に感謝し、あなたがたすべてのために祈るごとに、いつも喜びをもって祈り、あなたがたが、最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来たことを感謝しています」とあります。パウロがピリピの一人一人の信仰者を思うと感謝が溢れてくるというのです。

親にとても心配をかける子どもと、余り心配をかけない子どもがいます。安心して、送り出すことのできる子どももいるでしょう。親は、子供たちが大切なので、しばしば子供たちのことを気にかけ、心配するのです。これが親心でしょう。パウロは、恐らく親心のような気持を持って、ピリピの教会を温かく見守っていたのでありましょう。ピりピ教会にパウロが手紙を書いたとき、教会が始められてから、10年〜12年ほど経過していたかもしれません。パウロが、ピりピの教会の一人ひとりの顔を思い浮かべながら、彼らのことを考えると感謝と賛美が溢れてきたというのです。
 
C.福音の伝達
 
 
5節を見ると、ピリピの信仰者は「最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来た」と述べています。罪の赦しと喜びを経験したピリピの信仰者は、何とかして、福音をあかししたいと願いながら、地域の人々に、周りの人々に福音を広めてきたのです。ピリピ人への手紙2章6−8節にありますように、「神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕えるものの姿をとり、十字架の死にまで従われた」主キリストの愛と恵みをピリピの信仰者は経験していたのです。ピりピの信仰者は、人として誕生され、生き、十字架にかけられた主キリストを信じることで、神様の豊かな恵みと愛を体験し、喜びにあふれていたのです。
 
U.宣教を支援するピりピ教会
 
 
第二に宣教を支援するピリピ教会の姿に心を向けましょう。

ピリピ教会は、宣教的な教会と言われます。宣教者パウロを喜んで支援する人々で満たされていたのです。新約聖書にいくつかの教会があり、問題を抱えた教会もありますが、ピりピの教会は、新約における模範的な教会の一つです。
 
A.パウロを支援する教会
 
 
4章15節「ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした」。ピリピ教会は、実際的な支援をする教会でした。その具体的な内容については記されていませんのでわかりません。

4章16節を見ると、「テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました」とありますように、彼らは、宣教の前進のために喜んで支援する教会でした。

私どもがフィリピンに派遣されている17年間、主都中央教会、中目黒教会から、毎月、支援物資を送り続けてくださいました。私たちは、背後の真実なお祈りとともに、具体的な支援によって、奉仕を継続できたことを覚え、中目黒教会の皆様に心から感謝しています。パウロはピリピ教会の人々の愛と配慮に心から感謝していたのです。それで、お礼を書いているのです。
 
B.神への供え物をささげた教会
 
 
4章17−18節「私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です」。パウロは、ピリピの信仰者の贈り物について感謝を現わしているのですが、もっと贈り物がほしいとおねだりしているのではありません。ピリピの信仰者たちがなした奉仕、支援は、神様が喜んでくださる供え物であると述べています。パウロ自身、必要を与えられ、満ち溢れて感謝をもって歩んでいたのです。

神様の愛を体験させて頂いた私たちが可能な範囲で、主の宣教の働きを支援することは神様に喜ばれることであり、神様への捧げものでもあるのです。
 
V.神様によって必要を満たされたピリピ教会
 
 
第三にピりピの教会は神様によって必要を満たされていた事実に心を向けましょう。

4章19節には「また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」とあります。
 
A.パウロの満たし
 
 
パウロは、この手紙を書いた時、ローマで獄中生活を送っていました。環境的にも、経済的にも厳しい中にいたのです。夜には冷え込み、寒さのためになかなか眠れない夜もあったことでしょう。食事も質素で、栄養不足になってしまうような貧弱なものであったでしょう。そんな窮乏のいる彼でしたが、パウロの心は満たされていたのです。19節にあるように、ローマの獄中にいたパウロは、「私の神は、あなたがたの必要を満たしてくださいます」とピリピの信仰者を力強く激励することができたのです。
 
B.ピりピ教会の満たし
 
 
私たちには、ピリピ教会にどのような必要があったのかわかりません。健康の戦いと弱さを覚えている方もあったことでしょう。経済的な困窮を覚えている方もあったかもしれません。孤独を感じ、交わりを求めていた信仰者もいたことでしょう。信仰者でありながらも、疑いや不信仰の心から脱却することが難しい人もあったかもしれません。恐らく家庭集会のような形で礼拝と交わりをもっていたことでしょう。

中目黒教会の会堂建設の記録を読ませて頂きました。表紙に「献堂:神は活きておられる」と記されています。神様は、教会員のお一人お一人を用いて、中目黒教会の会堂建設に関わるすべての必要を満たしてくださったのです。まさに神様は生きておられ、奇跡を起こし、すべての必要を満たしてくださるお方です。
 
C.私たちの必要の満たし
 
 
19 節にありますように、神様はすべての必要を満たしてくださるお方です。年齢と共に必要が変化して行きます。学生の時代、教育費にお金がかかります。また、子育て世代の方々も大きな経済的な必要があります。高齢になりますと、医療費、介護のために大きな必要があります。今は、少子高齢化の時代と言われますが、中目黒教会には、小さなお子さんが沢山与えられて感謝です。今朝も、お二人の献児式が持たれました。様々な必要がこれから生じてくることでしょう。ピリピ教会の必要を栄光の富をもって満たしてくださった神様は主を信頼する者のすべての必要を満たしてくださるお方です。
 
終わりに(結論)
 
 
今朝は、宣教的な教会であるピリピ教会の姿に学ばせて頂きました。

1.神様の憐れみと恵みによって、私たちが尊い救いの中に保たれていることを深く感謝しましょう。使徒パウロは「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です」(エペソ2:8)と述べています。

2.私たちも恵みに感じて、身近な人のために、世界宣教のために祈り、ささげるものであらせていただきましょう。

3.神様は私たちのすべての必要を満たしてくださるお方であることを信じ、将来のことを心配しないで、委ねて歩ませていただこうではありませんか。

お祈りを致します。