礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は 新改訳聖書2017(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2018年4月8日
 
「初めに、神が」
創世シリーズ(1)
 
梅田 昇 牧師
 
創世記 1章 1-8節
 
 
[中心聖句]
 
  1   はじめに神が天と地を創造された。
(創世記 1章1節)


 
聖書テキスト
 
 
1 はじめに神が天と地を創造された。2 地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあり、神の霊がその水の面を動いていた。3 神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。4 神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。5 神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。6 神は仰せられた。「大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ。」7 神は大空を造り、大空の下にある水と大空の上にある水を分けられた。すると、そのようになった。8 神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。
 
イースターからペンテコステに向かう
 
 
受難週、イースターを越えて、一週間の歩みを守られました。復活された主キリストは、40日の間、多くの場所で弟子たちに顕現してくださいました。そして、主はオリーブ山から天に帰られたのです。弟子たちは、エルサレムで聖霊を祈り、待ち続けていますと、五旬節の日に聖霊が弟子たちに臨んだのです。聖霊に満たされたペテロが福音を語りますと、3000人の人々が悔い改めて主に立ち返り、教会が誕生したのです。今年は5月20日がペンテコステの日曜日になりますが、聖霊の存在と働きを覚えつつ、この季節を祈り深く過ごさせて頂きたいと願っています。
 
創世記について
 
 
栄養的にバランスの取れた食事が健康にとって大切でありますように、信仰者は旧約聖書と新約聖書の両方から、バランスよく読み続けることが大切です。この朝から、創世シリーズとして、創世記1−11章を学ばせていただきたいと願っています。

創世記は聖書66巻の最初の書です。「創世記は聖書の苗床である」と言った方がありますが、創世記は聖書全巻の土台であり、原点であると言えましょう。また、創世記は「始めの書」と呼ばれます。神様は永遠のお方ですから、神様には初めはありませんので、神様以外の初めについて記されています。天地宇宙、植物、動物、人間、結婚、家族、社会、イスラエル民族、罪や犯罪、救いなどの初めについて記されています。ですから、創世記を理解することなしに、聖書全体を理解することは難しいでしょう。聖書を理解するために、創世記を読ませて頂くことはとても重要なのです。
 
創世記の区分
 
 
創世記は50章から成り立っております。大きく分けますと2つに区分されます。

@創世記1−11章 原始の歴史、人類の起源と離散

A創世記12−50章 イスラエルの歴史が記録されています。特に、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフという4人の人物に焦点を合わせながら、イスラエル民族の歩みについて記録されています。
 
創世記1章の区分
 
 
創世記1章は、天地創造の記録です。1節に「初めに、神が天と地を創造した」とあります。非常に力強い、確信に満ちた宣言です。創世記はどのように天地が造られたかを記しておりませんが、誰が天地を造られたかを記しています。

船でアメリカに向かう途中の1人の青年が、「初めに、神が天と地を創造した」ということばを読んで、聖書の神こそ、本当の神であると確信したそうです。彼はクリスチャンとなり、聖書の教えを広めるために、同志社大学を創設しました。彼の名は新島襄です。新島の妻新島八重は2013年NHK大河ドラマの主人公に選ばれたので、ご記憶の方も多いと思います。

最近の天文学の発達により、宇宙には始まりがあることが明らかになってきました。ということは、その始まりがあるわけで、40−45億年前に大きなビックバンと呼ばれる大きな爆発があり、それ以来宇宙は年々拡大し続けていると今日の科学では考えられています。

私たちには、いつ宇宙ができたのかわかりませんが、聖書は「初めに、神が天と地を造られた」と宣言しています。神様は、天と地を創造され、7日にわたり、世界の物を創造され、創造の業を完成されたのです。聖書は科学の教科書として記されたわけではありませんので、科学的な詳細について記されてはおりません。

第一日 光とやみ(1:3−5)
第二日 大空と海(1:4−8)
第三日 陸と植物(1:9−13)
第四日 太陽、月星(1:14−18)
第五日 魚と鳥(1:19−22)
第六日 動物と人間(1:23−31)
第七日 創造の完成、安息(2:1−3)

今朝は、創世記1章1−8節から、三つの点を学ばせていただきましょう。
 
I.全能の神の存在
 
 
第一に、全能の神様の存在について教えられます。聖書は1節の「初めに、神が天と地を創造した」ということばで始まっています。
 
A.創造者である神
 
 
聖書の教える神様は創造者です。創造とは何もない所から、何かを生み出すという意味です。創造するに使われているヘブル語のバーラ―という動詞は、神様のみを主語として用いられるそうです。私たちは何もない所から、何を作り出すことはできません。無から、何もないところから生み出せるのは神様だけであると言えます。有名なマジシャン、手品師がおられます。手品には種が必ずあります。テレビで手品を何度見てわかりません。「不思議だな」と感心させられます。ゴスペルマジックと言って、手品を使って福音を伝えようとしておられる方々もあります。

ある物質と別の物質を合成して、全く新しい物質を生み出されることはあるでしょう。それは創造ではなく、合成や改良ということです。創造は何もない所から何かを生み出すことです。

宇宙の規則正しい運行、すばらしい自然界の美しさ、人間の命の不思議さを考えますと、私たちは神様の創造の業のすばらしさに感動させられます。「自然界は、第二の聖書である」と言われますが、美しい自然界は神様の存在を見事に証ししています。

詩篇19篇をみますと「天は神の栄光を語りつげ、大空は御手のわざを告げ知らせる」と記されています。美しい自然界は神の創造のすばらしさを表しているのです。中目黒のような都会におりますと、アトラスタワー、GTタワーのような大きなビルが立ち並び、人間の技術力、人間の力はたいしたものだと感心させられます。自然の豊かな地方に行きますと、自然のすばらしさと恐ろしさ、人間の小ささや限界を教えられます。山が崩れて、がけ崩れとなったり、川が氾濫したりします。創造者である神様は、人間が生活できるように、世界と自然界を創造してくださったのです。
 
B.神の霊の働き
 
 
2節をみると「地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた」。2節は、新改訳第三版に比べて少し訳が変化していますが、大きな変化はありません。2節は解釈がとても難しい節です。一つの解釈は1節と2節の間に、時間的な隔たりがあって、その間に、天使の堕落、サタンの追放があって、地は形がなかったと理解します。この解釈は悪魔の起源を説明していると言うことで、説得力がありますが、その解釈が推論に基づいているという面があります。ある人は、1節で神様は創造の基礎的な働きをなされ、そして、3節以降の個別的な創造をされたと理解します。3節以降で創造の業が完成したと言うのです。

いずれにしても、神の霊は創造の初めから働いておられたということを教えられます。神の霊は創造の初めから、人の心に働き続けてくださったのです。天地宇宙を創造され、聖霊を通して働かれる神様を畏れ、信じて歩むことこそ、知恵の始めであり、最も幸いな生涯であると言えます。これは箴言や伝道者の書を書いたソロモンの訴えたかった結論でもあります。
 
U.人間の創造
 
 
第二に、神様は人間を創造されたのです。
 
A.人の創造
 
 
神様は、天と地を創造されただけでなく、私たち一人ひとりを使命と目的のために創造してくださいました。神様は母の胎で私たちを形づくり、この地上に誕生することを可能にしてくださいました。詩篇139篇13−16節を見ると神様は母の胎にいる時から私たちを形作ってくださったのです。私たち人間は神様に作られた被造物の中で、神様の最高の傑作品と言えるのです。神様は、やみと光、海と大空、陸地、植物や動物、鳥や魚を創造されました。オランウータンやイルカのように賢い動物もいますが、その被造物の中で、最高の存在が人間です。なぜ人間の尊厳であり、卓越性があるのかについて、進化論では説明できません。

私たちは、神様に創造され、生かされていることを知る時、最も幸いな、確かな人生を送れるのです。時計は時を告げるために作られました。カメラはデジカメが主流になりつつありますが、高性能のカメラも販売されています。カメラは写真を撮るために設計され、製造されました。どんなに、立派な時計でもビデオカメラでも、押しいれの奥にしまってあったのでは価値がありません。

神様に創造された人間は、神様の目的にかなう時に、最も生きがいのある、幸せな生涯を辿ることができるのです。愛の神様は、私たちの肉体を創造するだけでなく、心を再創造してくださいました。コリント人への手紙第二5章に17節に記されています。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」。神様は主イエス・キリストを通して私たちの心と人生を作り変え、大切な目的と使命のために生かしていてくださるのです。誰でもとあります、あなたもキリストを信じるとき、生まれ変わることができ、新しい人生をスタートできるのです。
 
B.環境の創造
 
 
愛の神様は、人間を創造されただけでなく、人が住むべき環境を創造してくださいました。3節以降には、人間の健康と安全のために、光と闇、大空と海と川、土地と植物、動物を創造されました。3節を読ませていただきましょう。「神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった」。2節を見ると、世界は、やみに覆われていたのですが、神様は、最初に光を創造されたのです。光は植物の光合成のために必要であり、闇は人間の睡眠と休息のために必要です。神様は天地の土台をすえられた後、まず、光を創造されたのです。

第二日目には、大空と大空の下にある水、恐らく海や川や湖を創造されたのです。神様は人間を創造されただけでなく、すべての必要な環境や食べ物、生活のために必要な物、服とか住まいとなる資材をも創造してくださいました。人間が創造されても、火星のような酸素が少なく、気温がマイナス50℃という劣悪な環境で、人間はサバイブできません。神様は生活できる環境を整えてくださり、私たちの必要を栄光の富をもって供給してくださるのです。
 
V.神の主導権
 
 
第三に、神様は主導権をもって世界を創造されたのです。
 
A.初めに天と地を創造されたお方
 
 
すべての始まりに神様がおられ、神様に主導権がありました。神様が主導権をもって天と地、世界を神様の大切な目的のために創造されたのです。創造者であり、設計者である神様の目的に合致することこそ、最も幸いな生き方なのです。
 
B.神の国を初めに
 
 
私たちの生活の初めに置く時、神様の祝福が始まるのです。大分前に出版された「インマヌエルの道」というディヴオ―ションの本に、幸いなコメントが書いてありますので紹介します。「初めに、神。一年の初めに神。一日の初めに神。新しい計画の樹立に当たって神、進学の決定に当たって、神。事業の初めに神。結婚の初めに神、家庭生活の初めに神。願わくは、神がすべての初めに置かれるように」。すばらしいコメントです。

主キリストも山上の説教において「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」(マタイ6:33)とおっしゃいました。神の国とその義とを第一に求めるならば、必要を備えてくださるという素晴らしい約束です。神様のみこころをまず求めるとは、生活の中で、神様を具体的に優先するということです。例えば、給料を与えられたならば、生活費の残りから献金するのではなく、最初に献金の分を聖別するのです。時間の使い方でも、お祈りや礼拝を優先することが大切なのです。もちろん、日曜日にお仕事をしなければならない人もありますが、現状の中で、ベストを尽くすならば、神様は全部私たちの事情をご存知です。大切なことは置かれた現状の中で、神様を優先にする、第一にするということです。その時、神様はすべての必要を与えてくださいます。
 
終わりに(結論)
 
 
初めに、神が天と地を創造した」と聖書の冒頭のみことばは力強く宣言しています。

1.世界を創造し、支配しておられる神様が存在しておられることを覚えましょう。創造者なる神様は、私たちの命を創造し、私たちに生きる使命と目的を与えてくださいました。

2.私たちを愛を持って創造し、使命をもって生かしておられる神様のみこころを最優先にして歩もうではありませんか。その時、創造者なる神様は、私たち一人一人に関心を払い、必ず栄光の富をもって必要を満たし続けてくださるのです。

お祈りを致します。