礼拝メッセージ
(インマヌエル中目黒キリスト教会)

 
聖書の言葉は 新改訳聖書2017(著作権・新日本聖書刊行会)によります。
 
2018年4月15日
 
「神のかたちに創造」
創世シリーズ(2)
 
梅田 昇 牧師
 
創世記 1章 24-31節
 
 
[中心聖句]
 
  27   神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。
(創世記 1章 27節)


 
聖書テキスト
 
 
24 神は仰せられた。「地は生き物を種類ごとに、家畜や、這うもの、地の獣を種類ごとに生じよ。」すると、そのようになった。25 神は、地の獣を種類ごとに、家畜を種類ごとに、地面を這うすべてのものを種類ごとに造られた。神はそれを良しと見られた。26 神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。28 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。」29 神は仰せられた。「見よ。わたしは、地の全面にある、種のできるすべての草と、種の入った実のあるすべての木を、今あなたがたに与える。あなたがたにとってそれは食物となる。30 また、生きるいのちのある、地のすべての獣、空のすべての鳥、地の上を這うすべてのもののために、すべての緑の草を食物として与える。」すると、そのようになった。31 神はご自分が造ったすべてのものを見られた。見よ、それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。
 
初めに:イースターを越えて
 
 
イースターを越えて、5月20日のペンテコステ礼拝へと教会は歩みを進めています。主キリストは40日弟子たちに顕現された後で、弟子たちに「見よ。わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい」(ルカの福音書24章49節)」と命じられました。父が約束されたものとは、聖霊のことです。聖霊は他の宗教にないキリスト教にユニークな教理であり、クリスチャン生活にとても大切なものです。
 
創世記1章の内容
 
 
創世記1章には、創造の物語が記録されています。1章1節に「初めに、神が天と地を創造された」と記されて、世界と宇宙が神様によって創造されたことが宣言されています。創世記は、科学の教科書として記されたわけではありませんので、創造の詳細なことが記録されているわけではありません。

創造の順序は以下の通りです。
 第一日 光(3−5節)
 第二日 空と海(6−8節)
 第三日 土地と海、植物(9−13節)
 第四日 日と月と星(14−19節)
 第五日 魚と鳥(20−23節)
 第六日 動物と人間(24−31節)
 第七日 神の安息(2:1−3節)

24−31節には、創造の第六日目には、陸上の動物とともに、人間を創造されたことが記されています。人間は創造の最高傑作品と呼ばれ、神様に創造されたものの中で、最高の存在なのです。神様は私たち人間をすばらしい価値ある存在として創造し、生かしておられるのです。
 
I.創造の計画(24〜25節)
 
 
第一に、神様は、まず世界を創造することを計画されたのです。
 
A.動物の創造
 
 
25節「神は、地の獣を種類ごとに、家畜を種類ごとに、地面を這うすべてのものを種類ごとに造られた。神はそれを良しと見られた」とありますように、動物を、両生類、爬虫類、ほ乳類というように種類ごとに創造されたのです。24−25節を見ると、神様は陸上の動物を創造されました。
 
B.三位一体の神
 
 
26節を見ると人間を創造するときに、神様が宣言されたことが記されています。26節「われわれのかたちとして」とありますが、ここでなぜ複数形が使われているのかと不思議に思う人があるかもしれません。ヘブル語の複数形エロヒームが使われていて、福音的な聖書学者は、三位一体の神を意味していると理解しています。三位一体の神とは、ただ一人の神ですが、三つの人格と働きがあり、それは父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神様を意味しています。1章2節に神の霊について言及されています。ヨハネの福音書1章を見ますと、「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」とありますように、ヨハネは、永遠のロゴス、キリストについて述べています。

創造者なる父なる神、聖霊なる神、永遠のキリストで、三位一体となります。三位一体を英語ではTrinityと言い、神様はお一人ですが、三つの人格をお持ちだというのです。三位一体の教理は、プロテスタント教会、カトリック教会、ギリシャ正教会という三大グループに受け入れられている聖書の正統的な教えです。異端的なグループは、この三位一体を信じません。三位一体の教理は正統的な教会と異端のグループを区別する試金石と言えましょう。

26節「われわれのかたちとして」とありますように、人間を創造されることは、神のご計画であり、三位一体の神様が計画をして、人間を創造されたのです。
 
U.創造の傑作品(26〜27節)
 
 
第二に、人間は、神様の傑作品として創造されたのです。27節には「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された」と記されています。「神のかたち」とは、肉体的な、外形的な類似ではありません。ダーウインによって主張された進化論は突然変異と自然淘汰によって生物が進化したという理論で、広く学校教育でも受け入れられていますが、仮説に過ぎません。「人間はなぜ、尊厳なのか」ということは、進化論では十分に説明できません。信仰の自由を求めて、1620年メイフラワー号で移住した人々によってアメリカは始められました。アメリカの独立宣言に「私たちは、自明の理としてすべての人は平等に造られ、創造者なる神によって一定の奪いがたい天賦の権利を与えられ、その中に生命、自由、及び幸福の追求が含まれていることを信じます」とあります。人間は、神のかたちに創造された故に、尊厳で、価値ある存在なのです。メソジスト運動の指導者ジョン・ウェスレーは「神のかたち」を三つの点から説明しています。
 
A.自然的かたち(像)
 
 
自然的なかたち(像)は、人格性と不滅の魂を意味します。私たち人間は人格を持った存在として創造されたのです。人格は通常、知・情・意によって構成されていると言われます。人間には、高度の知識と理解力が与えられています。特に、知性と言語とは深く結びついています。私たちは言語をいう媒介を通して、考え、分析し、理解しているのです。

人間は複雑な感情、情緒的な働きをもっています。人間の感情はとても複雑です。また、人間には、いろいろなことを総合的に理解し、結論を下すことができます。すばらしい能力を与えられた人間は、大きな事業や偉業を成し遂げ、文明を築き上げてきたのです。しかし、人間の人格は、アダムとエバ以来、罪に汚染されておりますので、人類は大きな過ちや罪を重ね、争いと悲劇の生涯を辿ってきたということは現実です。その端的な例は、戦争です。戦争は愚かとわかっていても人類は戦争を繰り返してきたのです。人間は、人格を持った存在として創造されたのです。と同時に、神様を知り、神様を礼拝できる機能が人間には与えられています。お祈りをしたり、神様を賛美できるのは、人間だけです。このような機能を霊的と言うのです。
 
B.政治的かたち(像)
 
 
28節にあるように、神様は自然界や生き物を支配する権威を人間に与えてくださいました。また、神様は家族、家庭を与えてくださったのです。最近、環境問題は深刻になっております。大気の汚染、海の汚染、地球温暖化現象も深刻になりつつあります。生活の便利さの追求と、環境の保護をどう両立するかは大変難しい問題です。人間には自然界を守る使命と責任が与えられていますが、罪のために、環境を破壊し、現実には環境を守っていくことが難しくなってきております。
 
C.道徳的かたち(像)
 
 
道徳的かたち(像)とは、ホーリネスを意味します。人間は、本来聖なる者として創造されたのです。しかし、アダムとエバが罪を犯したとき、聖、きよさを失ってしまい、その結果、彼らは、エデンの園を追放されてしまいました。罪は彼らの心から平安を奪い、カインは妬みと怒りの心で弟のアベルを殺害してしまったのです。一人の人により、罪が全人類を汚染してしまいました。そのきよさを回復するために、主キリストがこの世界に送られ、十字架にかかってくださり、罪を赦し、きよめる業を完成してくださったのです。神のかたりが回復されることを救いというのです。

27節には「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された」と記されています。神様は、男と女という区別を持って創造されました。男性は男性として、女性は女性として創造され、さまざまな違いが男女の間にあります。男性と女性では、役割分担や性格の違いもありますが、神様の前には男性も女性も平等であり、大切な存在であるということには変わりありません。
 
V.創造の完成(29〜31節)
 
 
第三に、創造のわざが完成された事実です。すばらしいことが29〜30節に記されています。神様は人間のために生活する場所を与えるとともに、食べ物も備えてくださったのです。
 
A.食物となる実のなる木(29節)
 
 
どんなに人間を崇高なものとして造られたとしても食べ物がなかったら悲劇です。神様は動物の食料として、実のなる木を創造してくださいました。エデンの園にもいろいろな果物があったのでしょう。
 
B.食物なる植物(30節)
 
 
神様は愛なるお方です。やさい、果物、肉、魚などを食べ物として備えてくださいました。人間の主食は小麦、お米、トウモロコシなどから作られます。それから、野菜は人間の健康にとって必要な多くの栄養素を含んでいます。愛の神様は、人間に必要な食べ物を創造してくださったのです。
 
C.創造の完成(31節)
 
 
31節をよると、神様が創造された被造物をご覧になると「見よ、それは非常によかった」と記されています。神様は創造をすばらしく見事に完成されたのです。神様は、光から始めて、人間の創造に至るまで、創造の業を完成してくださいました。創造の業は、完全な、すばらしいものでした。
 
終わりに(結 論)
 
 
27節には「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された」と記されています。

聖書は人間の起源、目的、尊厳について教えています。

人間は、神様によって、創造されました。――人間の起源
    神様のために 創造されました。――人間の目的
    神様のように 創造されました。――人間の尊厳

しかし、神様から離れ、背を向けて、人生を歩んでおりました私たちのために、愛の神様は主イエス・キリストを通して、私たちの心に、神様のかたちに回復してくださったのです。パウロはコリント人への手紙第一10章31節において「あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい」と語りました。私たちは、神様に創造され、救われ、使命のために生かされていることを覚えつつ、神の栄光のために与えられた人生を歩ませて頂こうではありませんか。
お祈りを致します。